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Linux時代の幕開け
普及の可能性 1: 先ずは脱イデオロギー
2003.12.17
日本でも、Linuxの将来性が喧伝されるようになって久しいが、今一歩広がりが見えてこない。
政府調達の話しがでたり、大手コンピュータ企業が利用拡大方針を掲げているにもかかわらず、市場が急成長しているようには見えない。
その理由の1つに、Linux v.s. WindowsのOS対決を、どのように解決していくべきかの議論が低調なことがあげられよう。
一般ビジネスマンが納得できる、Linuxの実践的意義に関する語りかけが余りに少なすぎるのだ。利用側の立場に立ったアドバイスというよりは、オープンソースのイデオロギーの押し売りに映るものが多い。
イデオロギーを売り込めば、対抗馬も思想で対応することになる。従って、成果物の無料提供は技術進歩の抑圧に繋がる、とのドグマが目立つようになる。
実態がよくわからないまま、空論の議論が続いている。不毛だ。
しかも、Linuxの知財に関して、商用UNIXベンダーからの訴訟騒ぎが始まり、泥仕合の様相を呈している。
ビジネスマンにとっては、長期的に見て、信頼性が高く、安価で、簡単に要求に応えてくれるなら、オープンソースだろうが、プロプライエタリーだろうが、どうでもよいのである。
イデオロギーやドグマに基づく勧誘は勘弁してくれ、というのが偽らぬ心情である。
そこで、実際のところ、LinuxとWindowsの差がどの程度か眺めてみた。
まずは技術だが、当然ながら、それぞれウリはある。その特徴を単純比較しても、おそらくたいした意味はない。本質的な違いがあるなら重要だが、多くは出生や発展過程が違う過渡期的症状である。当初は「差」として認識できるが、相互の競争が激しくなれば、「差」は消え去る可能性が高い。当座の細かな違いに、余りこだわるべきではないと思う。
しかし、実際に使えば、両者の差は大きいと語る人は多い。これを、OSの技術差と考える人もいるようだが、実践論の立場に立てば、利用場面ででてくる差と見るべきではないだろうか。
両者とも本質的能力上はたいして変わらないが、状況によっては性能の差が顕著に現われただけ、と見なす訳だ。
・・・と主張すると、必ず反論が来る。
例えば、LinuxはWindowsより、軽くて早いと言う主張がなされる。確かに、一理あるように映る。Linuxのカーネルは単一構造(モノリシック)だからである。
しかし、よく考えると、不思議な理屈である。Windows NTはわざわざカーネルを小さく(マイクロ化)した。Windows 95/98のようにモノリシックカーネルを続ければ、機能が増えると複雑化しすぎて収拾がつかなくなりかねまい、と見なした動きなのである。
(Linuxのその後の発展を見れば、モノリシック構造による頭打ちはなかった訳だが。)
マイクロカーネルとは、核となるカーネルを小さく保ち、他の部分はモジュール化する構想だ。こうすれば、機能追加が簡単になる。しかし、OSは巨大化し易い。モジュールとの通信が頻繁に繰り返されれば、効率は極端に落ちる可能性もある。
プラスもあれば、マイナスもある訳だ。従って、使用状況で評価が分かれるのは当然だろう。
それでは、実際、Linuxは軽いのだろうか。
一番単純なデスクトップパソコンで見てみると、確かにスムースのようだ。しかし、グラフィックインターフェースを搭載すると途端に軽いという印象は薄れる。
実態は、こんなものではないだろうか。
要するに、本質的には、大した違いではないのである。
セキュリティについても、理解しにくい議論が続いている。
Windowsは、もともとが、多人数の使用状況や、外部へのオープンな接続を前提としていなかったようだから、セキュリティ対応が遅れたのは間違いあるまい。しかし、対応しにくい構造とは思えないから、顧客が要求すれば、おそらく素早く対応するだろう。
と言っても、不備が多いのなら、問題点指摘はもっともな話しだ。
ところが、わからないのが、オープンソースなら安全という理屈である。
不備に対応するスピードが速いかどうかは、オープンソースの仕組みというより、対応組織が整備されているかどうかの話だろう。
ソース公開の意義に関する議論もわかりにくいものが多い。
国家主権に係わったり、軍事機密に係わる分野は、ソース非公開のOSを使うことはなかろう。何がまぎれ込むかわからないものを使えないのは当然である。
しかし、ソースが公開されたからといって、仕組まれたコードが入リ込む危険性が無くなる訳ではない。一元管理しなければ、悪意あるコードが混入したOSの流通防止ができる筈がない。
コードを公開すれば、不備が発見し易くなる、というのは確かだが、逆に、欠点を探して攻撃するハッカーが増える可能性もある。
見方によって安全度は変わるのだ。
どう見ても、OSのセキュリティ度の議論は意味が薄い。
要するに、オープンソースの仕組みには、プラスもあるし、マイナスもある、というだけの話しである。プラス面を生かせる場面で、上手く使えば大きな成果が得られるだけのことである。
Linuxを普及させたいのなら、イデオロギー論争ではなく、どうしたらプラスが生きてくるか語りかけるべきだろう。
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