■■■ 北斎と広重からの学び 2013.2.25 ■■■

   名所紹介図会からの脱皮

北斎の風景画は独特である。それは今までにない斬新な構図なので、見た週間の驚きをさそうことからくるのは間違いないが、どうもそれだけではない。日本的な情緒感とは異質なものを感じさせられるにもかかわらず、不思議なことに、それがかえって叙情をかもし出していたりするからだ。
見立てと証する同一モチーフの改訂版や、ご当地景勝地案内図を一ひねりしたりする手の作品仕事から、脱皮できたのである。特に、地名なしの富士の絵は会心の作と言ってよかろう。
日本の風景画のコンセプトを一挙にひっくり返したと言ってもよいだろう。おそらく、巨人とされる絵師の作品に、物真似二流感の臭いを見つけたからだと思う。同じモチーフでも、自己表現とはこういうものと、見せ付けたかったのだろう。

広重も、北斎の絵を見て衝撃を受けた筈であり、名所・景勝地ご紹介図会からの脱皮すべく苦闘したに違いない。しかし、出版企画は宿場ガイドを兼ねたものだから、そう簡単ではない。中途半端な描きしかできる訳がない。しかし、それが結果的に大衆受けすることになったのだと思う。
それまでと言うか、今もそうだが、風景画はほとんどがステレオタイプなもの。11世紀後半に中国で生まれた「純粋」風景画のコンセプトを後生大事に受けついている人だらけなのだ。
言うまでもないが、それは「瀟湘八景」。北宋の高級官僚、宋迪が赴任先の湖南省長沙の景色を描いた山水画。瀟水と湘水という2つの河の流れが集まって洞庭湖に繋がる風光明媚とされる地域でのシーンを切り取ったもの。
大陸では、この手の絵画はその後衰微。「瀟湘八景」も原物消滅。
ところが、日本では全く逆。風景画のお手本というか、これぞ風景画とされたのである。名所案内ではなく、四季、天気、時刻感が刻まれた自然観表現となっているところと、藤原定家流のもの寂しさを感じさせる点がが受け入れられた理由だろう。そして、8という縁起のよい数字をもってきたところも愛された切欠と見てよさそう。題名だけで情景が想像できる仕掛け。
 瀟湘夜雨 瀟湘亭での、夜雨。しとしとと降る。
 平沙落雁 回雁峰干潟での、秋。雁が鍵になってに舞い降りる。
 烟寺晩鐘 清涼寺[山寺]での、夕霧。ひっそりとしているところで鐘が鳴る。
 山市晴嵐 昭山[山里]での、霞。市が賑わう。
 江天暮雪 河橘子洲[砂浜]での、雪の日暮れ。雪が静かに降り積もる。
 漁村夕照 武陵渓での、夕焼け。漁村がのんびりたたずむ。
 洞庭秋月 洞庭湖岳陽楼での、晴れ渡った秋の夜。月が湖上に照る。
 遠浦帰帆 湘江沿岸での、夕暮れ。帆掛船が遠方より戻ってくる 。


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