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■■■ 本を読んで [2018.4.10] ■■■

多様性検討自体は無価値

生物資源学的な視点が濃い、淡水魚生態研究者の著書を読んでみた。

生物多様性維持の掛け声だらけの世の中であり、似た様な本が次々と出版されている。にもかかわらず、この本は、表題にそれをおくびにも出さない点が素晴らしい。

マ、そう感じるのは、素人でも疑問を覚える点が多々あれども、誰も それに表立って応えようとはしないから。ところが、この本だけは、そこらを軽妙に指摘している。実に面白い。

こう書いたところで、なんのことやらわかるまい。

【例その1】
絶滅が危惧されている台湾金魚は台湾土着種。実情の程は知らぬが、常識的には救うことは無理だろう。
日本の島嶼にも棲んでいるが、ほぼ間違いないなく外来移入種。だからといって、外来種だから駆除すべきと主張する人はまずいまい。しかし、日本の土着種が影響を受けていない訳がなかろう。そんなことは調べてみなければわからない、と言うか、調べたところでわかるとも思えない。

【例その2】
佐渡島は縄文海進以後陸地化したそうである。つまり淡水の土着魚は皆無な筈。そんな場所で淡水魚の多様性を云々する意味があるのか。
ちなみに、絶滅してしまい、繁殖を試みているトキの大好物は泥鰌とか。

これに限らず、考えさせられる話が多いが、読者の頭が柔軟性を欠くと、その面白さは味わえないかも。
ご想像がつくと思うが、ここで言う柔軟性とは、知っていても余計なことは口に出さず、適当に合わせて語るということ。
ただ淡水魚生態研究者はそうもいくまい。コノ地本来の土着魚はどんな環境で棲息していたのか、と必ず問われ、それに答えねばならないからだ。コリャー辛いゾ。
(心配ご無用な地とはどうも白神山地らしい。)

南島の"伝統的"かつ"美しき自然"風景とは砂糖黍畑ということになっている訳だが、経済植物モノカルチャー地域を土着生物の棲息環境とみなせる筈が無かろう。
里山にしても、村人が生活し易いように考えて手入れした人工的な環境。
そんなことは指摘されなくとも、フツーの頭を持っていればすぐにわかることだが、それを公言してはアカン社会なのである。

誤解を与えるのも拙いので、「おわりに」の言葉を引用させて頂こう。・・・
"まるで禅問答のようで批判も承知であるが、なぜ生物多様性に価値があるのかを考えることには意味はなく、もしかしたら生物多様性のようなものひいては多様性やそれを構成する要素こそ「価値」と定義づけられると考えるのが、よりシンプルではないか"

(参考) "はじめに", "詳細目次", "アジアの淡水魚,その魅力を将来へ(コーディネーター高村典子)"は出版社が公開している.
(本) 鹿野 雄一:「溺れる魚,空飛ぶ魚,消えゆく魚―モンスーンアジア淡水魚探訪―」共立出版 2018年2月15日
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