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「我的漢語」
2014年12月24日

琴士の詩

国宝 "凍雲篩雪図" [→] で知られる浦上玉堂(1745-1820)は脱藩した画人とされるが、琴に関しても、催馬楽を琴演奏用に編曲(「玉堂琴譜」)するほどの入れ込みよう。
もちろん詩作も飲酒も並々ならぬものあり。
  「把酒彈琴
 琴間把酒酒猶馨 酒裏彈琴琴自清
 一酒一琴相與好 此時忘却世中情
  「琴酒樂
 彈琴時飲酒 飲酒復彈琴
 琴酒吾耽樂 朝昏吟味深

頼山陽や玉堂の長子 浦上春琴と懇意だった浄土真宗の学僧、末広雲華上人(1773-1850)は「玉堂酔琴子」と詠んでおり、玉堂の酒と琴への愛着は格別なものだったようだ。
頼山陽は「玉堂琴士碑文」 [→] を著しており、その由縁がわかる。「明人顧元章物、背有玉堂清韻韻字、遂自號玉堂琴子」。1779年入手の七弦(13徽)だが、桐/紫檀材の漆塗り螺鈿細工。銘は「霊和」だという。もちろん、当人も「玉堂琴記」に所有の経緯を記している。
 (久保三千雄:「浦上玉堂伝」 新潮社 1996)

その姿勢たるや、まさに白楽天の三友。
  「北窗三友」 白居易
 今日北窗下、自問何所爲。
 欣然得三友、三友者爲誰。
 琴罷輒擧酒、酒罷輒吟詩。
 三友遞相引、循環無已時。
 一彈中心、一詠暢四肢。
 猶恐中有間、以酒彌縫之。
 豈獨吾拙好、古人多若斯。
 嗜詩有淵明、嗜琴有啓期。
 嗜酒有伯倫、三人皆吾師。
 或乏石儲、或穿帶索衣。
 弦歌複觴詠、樂道知所歸。
 三師去已遠、高風不可追。
 三友游甚熟、無日不相隨。
 左擲白玉卮、右拂黄金徽。
 興酣不疊紙、走筆操狂詞。
 誰能持此詞、爲我謝親知。
 縱未以爲是、豈以我爲非。

ここで重要なのは、あくまでも古琴であること。

それは、周の理想的政治を導いた象徴だからだ。白楽天にとっては、古琴をないがしろにしている社会とは、「詩書礼楽」の精神が欠落している低劣な世界に映ったのは間違いあるまい。
ともあれ、太古の思想に戻すための琴ということ。
  「廢琴」 白居易
 絲桐合為琴、中有太古声。
 古声澹无味、不称今人情。
 玉徽光彩滅、朱弦塵土生。
 廢弃来已久、遺音尚
 不辞為君彈、縱彈人不听。
 何物使之然、羌笛与秦筝。

従って、流行の新しい筝を「楽」器として扱うなどもっての他。五絃と二十五弦は比較すべもないのである。
  「五絃彈−惡鄭之奪雅也」 白居易
 五弦彈、五弦彈、聽者傾耳心寥寥。
 趙璧知君入骨愛、五弦一一爲君調。
 第一第二弦索索、秋風拂松疏韻落。
 第三第四弦、夜鶴憶子籠中鳴。
 第五弦聲最掩抑、隴水凍咽流不得。
 五弦並奏君試聽、淒淒切切複錚錚。
 鐵撃珊瑚一兩曲、冰瀉玉盤千萬聲。
 鐵聲殺、冰聲寒。
 殺聲入耳膚血、寒氣中人肌骨酸。
 曲終聲盡欲半日、四坐相對愁無言。
 座中有一遠方士、咨咨聲不已。
 自歎今朝初得聞、始知孤負平生耳。
 唯憂趙璧白發生、老死人間無此聲。
 遠方士、
  爾聽五弦信爲美、吾聞正始之音不如是。
 正始之音其若何、朱弦疏越清廟歌。
 一彈一唱再三歎、曲澹節稀聲不多。
 融融曳曳召元氣、聽之不覺心平和。
 人情重今多賤古、古琴有弦人不撫。
 更從趙璧藝成來、二十五弦不如五。

つまり、玉堂は、周代の「楽」の精神が、和では催馬楽として結晶したと見ていることになる。それを琴で弾ずるには、古琴である必要がある訳だ。
大陸ではとっくに「楽」は消滅してしまったが、ここ日本では、1.000年経っているにもかかわらず、そのままの形で残っていると任じているということでもあろう。

どうしてそこまでこだわるかといえば、おそらく根底に経世済民思想があるからだろう。換言すれば、武家社会での、詩経の「忠孝」だけ取り出す教義になじめず、官許学一色に染め上げられている社会での生活が不快だからだろう。古琴は、そうした社会に対する強烈なアンチテーゼということでもあろう。

白楽天も玉堂も、琴を趣味としている訳ではなく、ましてや演奏家でもないのである。

実は、そんなことをついつい考えてしまったのは、詩仏の詩集を眺めていて、[→] 上記の模倣と称する詩に出会ったから。
  「三絃彈−傚白氏新楽府体傷俗楽壊士風也」 大窪詩仏
 三絃彈 三絃彈
 此器旧自海外伝
 形似琵琶長且痩
 製比阮咸少一絃
 胸前斜抱人如玉
 按手升降彈手煩
 清歌応手泣且訴
 宛転欲停中天雲
 (揖斐高:「江戸詩人選集第五巻 市河寛斎 大窪詩仏」 岩波書店 1990年)
大流行の三味線イイネの詩である。
明らかに、白楽天の思想を120%わかった上での作品。

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