| 表紙 目次 | ![]() 「我的漢語」 2016年3月31日 折楊柳詩段成式:「酉陽雑俎」の話を書いていて、ついつい鳳輦から、「折楊柳 七首 其一」まで進んでしまった。[→]下記に詩を示すが、長門とは漢の武帝の后が居住する場所。そこでの柳の枝の影を詠っているのである。春になっても鳳輦は来ないまま。鶯の声を聴きながら黄昏を迎えてしまう情景であり、美貌を誇った頃をついつい想いだしてしまうというストーリー。 説明不十分だったが、長門宮で帝の御来訪を待つのは長らく寵愛された陳皇后。武帝が衛子夫に傾いてしまい、呪術をかけたとされる。それが発覚して廃位の憂き目に。小生は、子供が授からなかった理由からの方便だと思うが。 折角だから、其二以降も引いておこう。・・・ 「折楊柳 七首」 段成式 其一 枝枝交影鎖長門,嫩色曾霑雨露恩。 鳳輦不来張欲尽,空留鶯語到黄昏。 其二 水殿年年占早芳,柔條偏惹禦爐香。 而今萬乘多巡狩,輦路無陰�国崇キ。 其三 玉樓煙薄不勝芳,金屋寒輕翠帶長。 公子驊騮往何處,�拷A堪係紫遊韁。 其四 嫩葉初齊不耐寒,風和時拂玉欄乾。 君王去日曾攀折,泣雨傷春翠黛殘。 其五 微黄才綻未成陰,繍戸珠簾相映深。 長恨早梅無�ョ極,先將春色出前林。 其六 隋家堤上已成塵,漢將營邊不複春。 隻向江南並塞北,酒旗相伴惹行人。 其七 陌上河邊千萬枝,怕寒愁雨儘低垂。 黄金穟短人多折,已恨東風不展眉。 この詩題は楽府の定番。 どのようなものか類似の詩をあげてみよう。 「楊柳枝 八首」 溫庭筠 其一 宜春苑外最長條,閑褭春風伴舞腰。 正是玉人腸斷處,一渠春水赤闌橋。 其二 南内牆東御路旁,預知春色柳絲黄。 杏花未肯無情思,何是情人最斷腸。 其三 蘇小門前柳萬條,毶毶金線拂平橋。 黄鶯不語東風起,深閉朱門伴細腰。 其四 金縷毶毶碧瓦溝,六宮眉黛惹春愁。 晩來更帶龍池雨,半拂闌干半入樓。 其五 館娃宮外鄴城西,遠映征帆近拂堤。 繋得王孫歸意切,不關春草�堺ト萋。 其六 兩兩黄鸝色似金,褭枝啼露動芳音。 春來幸自長如線,可惜牽纏蕩子心。 其七 御柳如絲映九重,鳳皇窗柱繍芙蓉。 景陽樓畔千條露,一面新妝待曉鐘。 其八 織錦機邊鶯語頻,停梭垂涙憶征人。 塞門三月猶蕭索,縱有垂楊未覺春。 こちらでは、館娃宮が登場する。これは、越王勾践が魏王夫差に贈った美女達が住む館。そのなかには、寵愛した西施も。勾践の目論み通り栄華は続かなかった訳で、この宮も廃墟化し、靈巖寺に。 鄴城にしても、魏の武帝の本拠地だったが遺跡。そんなところだからこそ、柳が遠征に出発する舟の帆のように見えたりする訳である。貴族がこの地の春を愛してすぐに帰り難しと言いだすのは、春の草木の緑に感興を覚えている訳ではないのですゼということ。 勿論、そこには出典があることを知っているからこそ、表現が素晴らしいとされる訳である。素人には註無しには鑑賞はできかねるということ。このような知的"競争"をしながら、複雑な血族関係を梃に権謀術数が繰り広げられるのだから、馬鹿げた社会があったものである。もちろん、そう思う人間は異端である。現時点でもそれはなんらかわらない。 王孫遊兮不歸,春草生兮萋萋。 歲暮兮不自聊,蟪蛄鳴兮啾啾。[楚辭卷第十二 招隱士の一部] これが白楽天になると趣が変わってくる。 「楊柳枝 八首」 白居易 其一 六么水調家家唱,白雪梅花處處吹。 古歌舊曲君休聽,聽取新翻楊柳枝。 其二 陶令門前四五樹,亞夫營里百千條。 何似東都正二月,黄金枝映洛陽橋。 其三 依依褭褭複青青,句引春風無限情。 白雪花繁空撲地,�阪N條弱不勝鶯。 其四 紅板江橋青酒旗,館娃宮暖日斜時。 可憐雨歇東風定,萬樹千條各自垂。 其五 蘇州楊柳任君誇,更有錢唐勝館娃。 若解多情尋小小,�漉k深處是蘇家。 其六 蘇家小女舊知名,楊柳風前別有情。 剥條盤作銀環樣,卷葉吹爲玉笛聲。 其七 葉含濃露如啼眼,枝嫋輕風似舞腰。 小樹不禁攀摺苦,乞君留取兩三條。 其八 人言柳葉似愁眉,更有愁腸似柳絲。 柳絲挽斷腸牽斷,彼此應無續得期。 雜曲歌辭 一樹春風萬萬枝,嫩於金色軟於絲。 永豐西角荒園裏,盡日無人屬阿誰。 雜曲歌辭 一樹衰殘委泥土,雙枝榮耀植天庭。 定知玄象今春後,柳宿光中添兩星。 楊柳を詠うというのに、「《六么》《水調》家家唱」を冒頭に持ってくるのがいかにも白楽天的。"歌舞曲/雅楽などおよしヨ。私の作品でお楽しみ下さいナ。"とくる。春は梅などより、楊柳だゼ、と。 このような、全くわからぬ固有名詞がでてくる詩は、素人にはえらくつらいが、ココはかえってそれが面白い。 隋 煬帝の巨大プロジェクトの核であった汴州(開封)の通済渠に絡む歌が広まっていたことを詠んでいると思われるからだ。暴君だったが、このインフラで各地の都市が結ばれ唐の時代の繁栄に繋がったのである。強制労働させられた方はたまったものではないが。しかも、完成したところで、それは軍事運河にほかならず、より多くの人々が遠路出征にかり出されるだけ。もちろん、産品運搬が効率的になるから収奪もひどくなる。 そんな歴史を踏まえての詩に仕上げてある。 煬帝はそんな運河縁の樹木として柳を植えさせたとされる。根が水を被っても枯れない樹木は少なく、中州でも生きていけるのは柳だと知っていた訳で、優れた眼力を持っていたといえよう。ただ、柳に"楊"姓を与えたという話は眉唾臭い。美女を侍らせた龍舟での遊興的視察行事は実話だと思われるが。 つい、そんなことを考えてしまうのは、直接的に詠った詩もあるから。 「新楽府 隋堤柳 憫亡國也」 白居易 隋堤柳, 歲久年深盡衰朽。風飄飄兮雨蕭蕭,三株兩株汴河口。 老枝病葉愁殺人,曾經大業年中春。大業年中煬天子,種柳成行夾流水。 西自黄河東至淮,�拷A一千三百里。大業末年春暮月,柳色如煙絮如雪。 南幸江都恣佚遊,應將此柳繋龍舟。紫髯郎將護錦纜,青娥御史直迷樓。 海内財力此時竭,舟中歌笑何日休。上荒下困勢不久,宗社之危如綴旒。 煬天子, 自言福祚長無窮,豈知皇子封酅公。龍舟未過彭城閤,義旗已入長安宮。 蕭牆禍生人事變,晏駕不得歸秦中。土墳數尺何處葬,呉公臺下多悲風。 二百年來汴河路,沙草和煙朝復暮。後王何以鑒前王,請看隋堤亡國樹。 ただ、柳の場合は、そのような事績をとりあげるより、小妓を題材にした方が情感を呼ぶのでは。 「楊柳枝二十韻」 白居易 【序】楊柳枝,洛下新聲也。洛之小妓,有善歌之者,詞章音韻,聽可動人,故賦之。 小妓攜桃葉,新聲踏柳枝。妝成剪燭後,醉起拂衫時。 繍履嬌行緩,花筵笑上遲。身輕委迴雪,羅薄透凝脂。 笙引簧頻煖,箏催柱數移。樂童翻怨調,才子與妍詞。 便想人如樹,先將髮比絲。風條搖兩帶,煙葉貼雙眉。 口動櫻桃破,鬟低翡翠垂。枝柔腰嫋娜,荑嫩手葳蕤。 唳鶴啨呼侶,哀猨夜叫兒。玉敲音歴歴,珠貫字累累。 袖爲收聲點,釵因赴節遺。重重遍頭別,一一拍心知。 塞北愁攀折,江南苦別離。黄遮金谷岸,�拷f杏園池。 春惜芳華好,秋憐顏色衰。取來歌裏唱,勝向笛中吹。 曲罷那能別,情多不自持。纏頭無別物,一首斷腸詩。 と言っても、そう感じるのは、葉が下向きで、常に風で揺らぐ姿が小姑娘的というだけで、違う感覚の人もいそう。 なにせ、どこまで本当かわからぬが、「華」という文字も、華やかな花を意味するとされているが、実は、柳の枝から葉が垂れている象形との説もあるそうだし。出典は知らぬが。 古典ではこうなっている。 昔我往矣,楊柳依依.今我來思,雨雪霏霏 [詩經 小雅 採薇] 楊柳の詩はほぼ競作のようなものだが、女性や事績がからむ作品より、縁起かつぎが多そう。何故に、柳がそのように扱われるのははなはだ理解しづらいものがあるが。 → 「楊枝の木」[2012.9.14] すでに、唐の都では、節日の門飾に使う柳の枝を売る商売があったという。旅出の送別辞的に、枝を折って贈ることも一般的だったらしい。後者の場合は"還"のご利益があるお守りとされているが、形状を必ず環にするそうで、結び目をつくるオマジナイだとすればこの起源は相当に古そう。 そんなお別れシーンを彷彿させる詩をあげておこう。 「折楊柳」 楊巨源 水辺楊柳麹塵糸,立馬煩君折一枝。 惟有春風最相惜,殷勤更向手中吹。 もっとも、一応は別離だが、春らしい、暖かい日差しのなかで感極まりの情感表現に重きがおかれることの方が多い可能性もあろう。 「楊柳詞」 李�U 風情漸老見春羞,到處消魂感舊遊。 多謝長條似相識,強垂煙穗拂人頭。 「折楊柳」 楊炯 邊地遙無極,征人去不還。秋容凋翠羽,別涙損紅顏。 望斷流星驛,心馳明月關。槁砧何處在,楊柳自堪攀。 「雑曲歌辞 楊柳枝」 李商陰 其一 暫憑樽酒送無憀,莫損愁眉与細腰。 人世死前唯有別,春風争擬惜長条。 其二 含烟惹霧毎依依,万緒千条拂落暉。 為報行人休尽折,半留相送半迎歸。 「楊柳枝」 李商陰 曾逐東風拂舞筵,樂遊春苑斷腸天。 如何肯到清秋日,已帶斜陽又帶蟬。 「楊柳枝」 李商陰 柳映江潭底有情,望中頻遣客心驚。 巴雷隱隱千山外,更作章臺走馬聲。 「柳」 李商陰 動春何限葉,撼曉幾多枝。 解有相思否,應無不舞時。 絮飛藏皓蝶,帶弱露黄鸝。 傾國宜通體,誰來獨賞眉。 楊柳を題材にしている詩はまだまだあるが、大家の作品を引いて〆としよう。小生は好みではないタイプだが。 「横吹曲辞 折楊柳」 李白 垂楊拂�告�,揺艷東風年。花明玉關雪,葉暖金窗烟。 美人結長想,對此心凄然。攀條折春色,遠寄龍庭前。 (C) 2016 RandDManagement.com |