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「我的漢語」
2018年7月7日

数詞文字考

一二三は算木との解説はわかり易く、当たり前に思ってしまう。
   ≡…
しかし、1〜5と八や十が算木だとして、何故に算木でない文字を使う必要があるのか、理解に苦しむ。それに、算木の実物は3寸近い角棒。そんな大きなモノが使われるようになるのは交易制度が完備してからだろう。もともとの文字は算木を意味していなかった可能性もありそう。
とすれば、このような見方が定着しているのは、八卦易占勢力を核としていた儒教勢力の影響力行使の結果と見るのが自然。官僚層にとってはそれが一番馴染む考え方なのは明らかだし。
数字概念のデザインなら他にもいくらでもある訳で。
 🀐 🀑 🀒 🀓 🀔 🀕 🀖 🀗 🀘

そもそも、「山海経」の世界に生きていた人々が、はたして形而上学的な発想で数詞文字を作ったりするか、はなはだ疑問。従って、儒教的標準化を進めたい層に応えた書である「説文解字」の指示(事)をそのまま受け入れるのは考えモノ。
そういう意味で、"上下"という文字は地平を示す文字の"─"から派生した、形而上的"指事"ではなく、掌の"象形"、と看破したのはまさに慧眼。それが正しい指摘かは別として。

算木でないとすると、それなら指による表示だと思いがち。小生もそれしかあるまいとずっと思っていた。
 G A BI
確かに、一ニ三と六八の字形を指で表現すことはできそうだし、五七も無理矢理感はあるものの当てはまらない訳ではない。しかし、一番の問題は、指を用いた数え方は、指を出すか折るかから始まって多種多様。どうしても、一部にしか通用せぬ表示方法になってしまう。
従って、官僚層がそのような表示を取り入れるとは考えにくい。
それに、横棒の長さが異なる二と三を、指で説明するのは難しかろう。

そのため、どうしても音から来ている文字となりがち。
文字が生まれた頃の発音などわかる訳もないから、専門家の説に従うしかない。その推定手法の是非の判断能力は無いが、文字起源論には不向きな感じがする。
殷の時代から、帝の影響力のある地域は極めて広いからだ。音声言語的にはバラバラな地域の寄せ集まりであり、中央の為政者が自分達が用いる言葉に合わせるだけの文字を設定するとは考えにくいからである。それに、東アジアは、西洋のように、音声言葉ありきとは限らないからだ。入墨海人の呪術的刺青シンボルが文字の初元の可能性もあるからだ。
つまり、殷時代に於いても、文字に対応する言葉は統一されていなかったと見るのである。

実は、これこそが中華帝国樹立の原動力でもある。表意文字である漢字を使えば、部族国家毎にバラバラな言語の違いを乗り越え、帝の意思を直接伝える武器として使えるからだ。

しかしながら、一旦、文字が流通すれば、中央支配勢力の文字の呼び方が拡がるのは自然なコト。但し、それは音声であっても、話す当人にとっては、全く意味を持っていなかったと思う。当該文字の符牒以上ではなかろう。

マ、ついつい、そんな想像をしてしまうのは、"文化の吹き溜まり"の地での文字の使い方に余りに馴れているから。
そこでは、土着語たる"訓"言葉が未だに生き続けている。もちろん、それに対応する輸入文字が決められており、その文字を読む場合は符牒用語を用いるのだ。それが"漢(文字)音"。文字の呼び方とされているが、実際は文字の一部分の音符部首の呼び名である。これは中国語ではなく、中央官僚が標準化させた音符。一般には、その音は、当該漢字が意味している概念の呼称と同一だが、それがもともとの音声言葉だったかは不明。音符に替わってしまった可能性も高かろう。

こんな流れを考えると、日本語専用の音符たる"仮名"が生まれて当然という気分になってくる。つまり、"訓"に対応する、中国の言葉は"呉音"なのである。

前置きが長くなったが、これを踏まえて数詞を眺め、勝手な推測を下していこう。

<単数字>

【1】
 一 
 壹[吉+壺]⇒壱 イチ/イー

横棒一本の文字にする必要性を考える必要があると思う。
1つなら"單/単"で、2つなら"雙/双"でもよさそうなもの。つまり、こちらは数詞には使えない概念なのであろう。
このことは、"一"とは必ずしも数字の1ということではなく、別な概念があり、そのアナロジーとして数詞に使ったということではなかろうか。

そういう意味では、文字改竄を防ぐために後から使われた文字とされる"壹"にそのヒントが隠されていると考えることもできよう。こちらは、古代文字がはっきりわかっており、縁起モノが詰まった1つの壺の象形である。とすれば、一とは、神々しいまとまったモノが出来上がった状態を言うのでは。
そうなると、"一"の象形候補としては、聖なる種の高木を切り出して作った一本の美しい材木があげられよう。材は檜(ひ)か楠である。

ここで、渡来概念の数詞がどのような表現になっているかを見ておこう。

【0】
 /零蛋≠無 zero/ゼロ
 零[雨+令[+](冠を被り跪く人)] レイ

印度で考案された数の概念だが、本来的な概念から言えば"無"ではない。
中華帝国では、形而上的表現の文字にしていない。極く小さな水滴がそれこそ数珠繋のように静かに降って来る"餘雨"の情景を示す文字をあてているが、もちろん令とは神の清らかな御命令を意味している。ほんの僅かということ。無限的に僅かになるということで、意味を正しく理解している。
つまり、数詞には、このような聖なる意味が与えられている可能性が高いということ。無味乾燥な算数的な文字は使用しないのである。

それを踏まえ、算木らしい文字が一体なんなのか考えてみたい。

【2】
 二 
 貳[弋+二+貝]⇒弐 ニ/アル

意味的には、単複とか単双ということではなく、2度という繰り返し的概念と思われる。白川静によれば、"貳"とは貝、即ち鼎の原形に刻んだ銘文を削って文字を改変する意味があるということからの推測だが。まさに改竄防止用文字としての面目躍如文字である。
ただ、素人からすれば、棒に貝を美麗に並べた文字のような気がするが。ちなみに、"仁"の二は、「説文解字」はヒトが親しむだが、白川解釈は敷物に座る図。これは置いておいて、完璧に"二"を含んでいる文字がある。
 次[二+欠(あくびしているヒト)] …欠には2種あり、缺⇒欠は別字。
そこからの派生文字が二の意味を語っているように見える。
 資[二+欠+貝]
要するに、自分の所にのんびりと財貨を抱えているという意味である。ニは貝を並べた様を示している。
ところで、[立+立]⇒並でヒトが横並びの文字になるが、⇒並でもある。こちらの字体だと人に二をかぶせたようにも見える。
これよりさらに"並んでいる"様子を意識させられる文字がある。
 [(簪3ッ)+二]=齊⇒斉
つまり、ニとは、2由来ではないということ。

そうなると、2+2=4はどうなるか。

【4】
 𠁤[口+儿]=四[口+八] 
 [二+二] シー/スー
 肆[長(長時間)+隶(手に持つ)]

古代文字には4本文字があるが、漢字フォントでは、二が縦に重なったもの。つまり二の派生文字である。
一方、四だが、こちらは八の派生文字と見ることできよう。訓でも、4[yo]-8[ya]という連関性があり、順当なところ。
"肆"だが、市に於ける商品見世棚を示す文字と思われる。二の発展形のズラリなのであろう。

ということで、4+4=8。

【8】
 八 
 捌[(手)+別] ハチ/パー

この文字は、派生文字の"分[八+刀]"でわかるように、事物を左右に二つに分けることを意味している。甲骨文字例を見ると、"八"というより、"><"に見える。
"捌"はズバリだろう。
このことは、8とは究極の完成形"口"を意味する数字だったということでは。日本での扱いからそう思う訳だが。
それを、切ると、小さな数字が生まれることになる。それが"四"ということ。
従って、細かく表現したいなら、"四"のなかに"ニ"を埋め込む文字を作ることになろう。残念ながら、そのようなフォントは見かけないが。

刃物で切るという点では同類の文字がある。

【7】
 (十)@甲骨文字⇒七[+一] なな
  [七x3] …"喜"の草書体にされている。
 [+七+木]/漆 シチ/チー

"分[八+刀]"と似て、"切[七+刀]"を意味する。白川静論では、その対象は骨。
半分にする意図はなく切るだけ。奇数だから真っ二つにはならないから、中途半端な感覚があるのかも。そう思うのは、混沌に7つの穴を切った伝説があるから。五臓六腑で7臓とは言わないから、切って中身が出てきて死んだのではなさそう。ただ、初七日の慣習があるから、"死"と関係がある文字のような気がする。
漆をあてているが、樹皮を切ると樹脂となる樹液がでてくるということで、同類ということなのだろう。
それにしても、7と8はよく似た感じがする。今でも、"七七八八"と言えば似たモノが雑然と並んでいる様子を言うようだ。尚、樹木名だとである。

さて、とばしてしまった数字を。

【3】
 三 
 參[(簪3ッ)+(跪くヒト)]⇒参 サン

言うまでもなく、「説文解字」的には"三"とは天地人の道の文字ということになる。"一"とは天という宇宙の元を表す文字で、そこから派生するのが上=二であり、下=𠄟(二の上下逆転文字)であると。白川文字学とは違い、天から3本の神々しい光線が差すのが"示"であり、それによって"ニ"で象徴される地が規定されることになる。そして、天地とくれば残りは人ということになり、それが"三"というストーリー。これこそが天文なのだといわんばかりの解説である。
しかし、參は、上述した""のように簪3つの文字。=三でもあるが、簪が神々しく光っている様子を強調しているのだろう。
言うまでもないが、3本の簪の長さは同一ではない。三の横線の長さが異なって当然。

どうしてもローマ数字を思い起こさせてしまうのが、5である。
 T,U,V,W,X,Y,Z,[,\,]

【5】
 (×)⇒𠄡⇒五 いつ
 伍 ゴ/ウー

白川静の見立ては、二重構造の蓋で棒材がクロスしているというもの。祭祀器の"口"と合わせた"吾"を念頭に置いているのだろう。
×印は、胸部を強調したヒトである"文"の入墨マークでもあり、呪術的な意味があるのだろう。ただ、五行の5は、×クロスとは違い、五芒星と見た方がよさそう。
伍は新しい文字なのかわからぬが、5人組を指しているようだ。

【6】
 六[+八] 
 陸[/阜+] ロク/リュー

白川静の判定では"六"の古字は幕舎。遊牧民のテントだろうか。
陸は、旁が"[六+六+土]"で、偏は神降臨梯子。文字によっては、六の上に"屮"(生える)が付いているようにも見える。下に"土"があるが、テントが並ぶとしたら、それは高い土盛りかも。"土"が見当たらない文字もあるからだが。
訓では、3[mi]-6[mu]の関連性がありそうだが、文字形状からは類似性は感じられぬ。

【9】
 九 ここのつ
 玖[王(玉)+久(灸)] キュー(ク)/チュー

白川説は龍の折り曲って飛ぶ形。(虫[♂]-九[♀])字体を見る限り、常識的には前に伸ばそうとくねった状態が描かれている。頭と見れば蛇体となるし、屈曲しすぎではあるが手と腕の可能性も無くはない。
"究[穴+九]"は、蛇が奥へと侵入している状態とみれば、その類似概念ではないかと思料される。
玖は証書で見た覚えがあるような気もするが、ほとんど見かけない文字なので直感が湧かない。石之次玉K色だ。("貽我佩玖。"{「詩経」王風 邱中有麻}(王と区別するため点をつける場合が多い。)
古字は、缺(欠)⇒玖とされていたりする。

最後はもちろん10。

【10】
 l+・(肥点)⇒十 とお
 什 or 拾 ジュー/シー
汁はもともとは祭祀用香料多種含有酒だったようだ。
(=叶)で用いられている点から見て、いかにも纏めるという意味がありそう。(辻は十字路、針はl+・(針穴)、博は干(タテ)らしいから、これらの十は別系統のようだ。)
什は五人組と同じで十人組を指すのだろう。拾は収集する意味だろう。纏めるの類縁的意味に当たるのかも。

20以上を見ると、横棒で複数の|をまとめた状態を指すようである。ただ、普通は、1〜9に位数字の"十"をつける表記方法を用いると思うが。
 【20】廿[十+十] or
 【30】丗[十+十+十] or 卅
 【40】𠦜
[廿+廿] or
白川静によると、枝分かれした3本から芽がでている古文字が"世(=)"。それとよく似た文字である。後付臭いが、30年が1世代ということとの説明もよく見かける。
尚、は、糞(肥料)插す杷[「広韻」]と言うことで、田畑に鋤き込む農具とする解説もある。

以下は、その他のまとめ文字。
<位文字>

【102
 一+白⇒百 や or もも
 佰 ヒャク

文字デザインから、"白"を団栗の実と考える人が多いのではなかろうか。ところが、白川静は色の頭蓋骨と見なす。"百"文字の真ん中に△があるので、これは鼻の部位以外に考えられぬということなのだろう。それに"魂"が抜けた遺骸を"魄"と呼ぶこともあろう。

【103
 千[一+人] 
 仟 セン
民衆を指すか。あるいは、兵隊か。
【104
 𥝄⇒萬⇒(卍⇒万) よろず マン
元字は(蠍)的虫だが、とてつもない数の水底棲である蜻蛉(ヤンマ)の幼虫(ヤゴ:水)の可能性もあろう。
【108
 意[音+心]⇒億 n.a. オク
神あるいは自分の魂が発する微かな音から推し量ることを指す文字と思われるが、それと数詞がどうつながるのかはなんとも。細々としており、範囲も宇宙的ということか。
【1012
 𠧞⇒兆 (きざし) チョウ
占術の亀甲ト兆の割れ目の象形らしい。細かなヒビだらけという以上ではない木がする。命数法で数は変わっているようで、もともとは数詞にする気はなかったが、最大数としては他に思いつかなかったということではないか。
【1016
 京[亠+口+小] みやこ ケイ
高く聳える楼閣の象形。巨大人口の都市の時代に入ってから、印度の哲学的数字に触れるようになり、数詞に転用したということか。数学的に必要だったとは思えない。と言っても、"鯨"という文字がある位なので、巨大の意味として"京"は定着していたのであろう。
【この先:1020〜48
 垓 ガイ
 𥝱 ジョ
 穣 ジョウ
 溝 コウ
 澗 カン
 正 セイ
 載 サイ
 極 ゴク
【その先】
 恒河沙 ゴウガシャ
 阿僧祇 アソウギ
 那由他 ナユタ
 不可思議 フカシギ
 無量大数 ムリョウタイスウ
  [「塵劫記」]

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