■■■ 「說文解字」「爾雅」検討[13g釋草]■■■ 艸には異なるジャンルが多すぎるからで、このため、収録文字が植物名であるとは限らない。そのため、どの様な視点で収録されていそうか推定できない限り、植物名が分かる筈がないとの見立て。つまり、徹底的ミクロ検討は徒労に終わるしかないということ。(当たっているとの論理的根拠を示すことができない。) 文字の規格化は官僚が行うものである以上、これは致し方ない。・・・それぞれのジャンルの専門官僚が独自に当該艸の名称を定めることになるのは職務の特性上避けられない。この状況でジャンルを越えて表記文字を揃えるなど不可能。そうなれば、どのジャンルが社会的に注目されるかで、当該植物の一般的呼名が変わることになる。 こんな説明では分かり難いか。 例えばイネ科植物を例にとれば、官僚組織上管轄が異なる用語ジャンルは多岐に渡る。(農耕、食材、建材、マット、器、衣、薬、特殊効果はそれぞれ独立した官僚組織が担当していたと思われ、釋器や釋宮という観点での言葉だけでなく、最適な元材についての用語があったに違いなく、それは植物の種を意味していておかしくない。漢語の意義展開パターンからして、種名が適用名で語られることもあろう。)論理的な整理を避け、高度な専門性を追求する組織的体質がある以上、膨大な数の文字が生み出され捨てられていったと見て間違いないだろう。 真菰や麻が主食扱いされた時代もあった筈だが、その頃使われた言葉が伝わっているか否かはなんとも言い難し。対応表記文字は生まれていたかも知れないが、後世の書から推定することはできかねる。(真菰や麻は後世書で記載されて当然だが、前者の表記文字確定は難しいし、後者は種の名称としての文字ではなく麻薬を意味している可能性があろう。穀類や繊維材としての言葉は別で、異なる対応文字が存在していた可能性がある。) つまり、「爾雅」「說文解字」唐代書籍に同一文字が登場していても、3つが同義であるとは限らないし、どの時代でも重要な植物だからといって同一表記文字になっていなくて当然ということ。 ⏩続 (C) 2025 RandDManagement.com →HOME |