■■■ 小篆文字検討@「說文解字」「爾雅」[心]■■■ 心臓の形に象る。(藏⇒臓) 五行説(土藏 火藏で定まらず。)によると、・・・ すでに心性の意に用いている。@「字通」 ・・・簡単だが、要点を突いた、素晴らしい解説に仕上がっている。 「說文解字」成立の漢代は、五行化ブーム。"心"も五臓に位置付けられたものの、土か火か定まっていないのだから、論理的な体系ではないことがわかる。甲骨〜小篆には欠けていた宇宙法則論が大流行りした訳である。 ここで重要なのは、<心性>は後世樹立の思想で、甲骨〜小篆時代には通用しておらず、ほぼ漢代と見ることができるとの指摘。 但し、<心性>の定義が記載されていないので解釈は厄介。・・・ともあれ、呪術時代の信仰は直截的で、<心性>という考え方はゼロと見なすことになる。常識的には妥当な線。 それを前提として、この文字を解釈するといかにもおどろおどろしい世界が見えてくる。 字形は、ヒトの胸を切り裂いて摘出した心臓を見て作成された線画にしか見えないのだから。 と言うか、そう呼べるのは小篆。(もっとも、コリャ〜、逸物以外に考えられぬとの、大衆大笑い的見方もある。コレ、実は一理ある。どうしてヒトの内臓の形を正確に知っているんだ、と言われてどう答えるのだろう。)甲骨では当該臓器内部構造の図絵に仕上げている。切り取っても動きが止まないことに目を見張ったのだろうか。 カニバリズムは卒業したからこその国家樹立であって、食用でもなかろうに、なんらかの呪的目的がなければ、ヒトの心臓の構造を知ることなどあり得そうに無い。 書かないだけで、呪術に心臓摘出の手立てが行われていたというのが白川見立てということになろう。 インカやエジプト王朝の心臓抉り出し尊崇と類似の信仰が存在したということに他ならないが、それを示唆する考古学的証拠は無い。 そんなこともあるので、字体に関してのコメントがもう一言欲しかった。 もし心臓を抉り出す儀式があったとすれば、その象形は💓的になるのが道理。しかし、甲骨に至っては、外形ではなく4心室を描き切っている。これは、カニバリズムあるいは、解剖学的探索が行われていたことを意味していそう。 🅱㊎ 甲骨の表現はいかにも実写であり、そこに情緒が入り込む隙間を感じさせない。この字体で<心性>の息吹ありとは言い難い。 しかし、小篆は外見描画。この姿に<心性>を感じるものかは、なんとも言い難しではある。 小生は、甲骨は外来の記号由来ではないかと睨んでいる。・・・解剖学的に描くのは容易いことではなく鋭利な刃物を必要としているからだ。レガリア的鈍器では無理で、チュルク系鉄器あるいは、海洋系黒曜石が用いられたことを意味していそう。小篆創成官僚はこの手の外来記号を嫌ったのではあるまいか。どう見ても、甲骨と小篆の字形は似ている点が無いし。 【附】白川甲骨論は「說文解字」の"誤謬"を逐一指摘。甲骨の情報無しだとこうならざるを得ないというご注意に見えないこともない。一応そうしておくのが社会的には無難だが、そう考えて読むのは避けた方がよいのでは。 甲骨と小篆は創作官僚も制度・用途も全く異なっている。ママ字体が受け継がれているとの理屈は脆弱過ぎるのでは。 但し、だからこそ、この"誤謬"記載箇所は決定的に重要となる。小篆論最良の解説になっているかも。 と云うのは、両者ともに、しっかりした概念論が根底にあるから。このため、両者の見方が異なる箇所で、その冴えが際立ってくる。 (両者ともに、六書分類に従っている体裁をとってはいるものの、それに従っている訳ではない。・・・特に、"音"による合字という解釈には冷淡そのもの。もっぱら字体イメージからの造字の流れを追求している。同音異義語だらけの言語などおよそ考えられないからそれは当たり前と言えないこともないが。) (C) 2026 RandDManagement.com →HOME |