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2003.6.9
 
 


漁業の知的産業化…

 2002年9月、欧州委員会(EU)は、共通漁業政策改革の一環として、「持続可能な発展のための」養殖漁業戦略を提案した。養殖漁業としては初めての政策だ。
 生簀が昔から使われていたことでわかるように、養殖漁業の歴史は古い。高度化が進んだのは最近のことである。しかし、市場の方は相変わらずアップダウンの状態が続いている。この状態を変える方策が問われている訳だ。

 提言は、3本柱からなっている。(http://europa.eu.int/rapid/start/cgi/guesten.ksh?p_action.gettxt=gt&doc=IP/02/1340|0|RAPID&lg=EN&display=)
  1つ目は、安定雇用。・・5年で最大1万人を目指す。
  2つ目は、生産物の安全性。・・ダイオキシン許容量低減、残留抗生物質管理、等を進める。
  3つ目は、健全な環境の維持。・・排水の影響低減、生物種の多様性確保、等を図る。

 これだけなら、なんの変哲もない方針に見える。
 例えば、安定雇用と言っても、実質的に、漁船漁業者を養殖漁業企業の従業員に移動させるだけの話しだ。日本の関係者なら、今更養殖か、と呆れるだろう。日本では、遠・沿岸漁業に代わる新たな基幹産業として、つくり育てる漁業がもてはやされて久しい。その結果、養殖の方が漁船漁業よりウエイトが高い漁協も多い。お蔭で、ハマチやタイに見られるように、供給過剰からくる相場下落に悩まされている。
 日本では「獲る」漁業から、「つくる」漁業への変身が一気に進んだのである。

 このため、遅れた施策と誤解されかねない。ところが、良く読めばわかるが、コンセプトが日本とは違う。「安全を保証できない」獲りっぱなしの漁業から、「安全を保証できる」つくり続ける漁業に変えようという目論みなのである。
 施策の核は、あくまでも安全なのである。

 日本流に安全を解釈すると、面倒でコストが嵩む動き、となりがちだが、欧州の発想は違う。高値になっても、安全な食を提供した方が産業が栄える、と考える。養殖漁業を「クリーンな有機産品」生産業に変身させる訳だ。
 当然ながら、海産物に「クリーンな有機産品」との品質表示が導入される。明確に差別化できるから、供給調整も容易だ。相場商品から逃れることができる。

 特に、重要な施策は抗生物質基準の厳格化である。これにより、優位を実現できる可能性が高い。この感覚が日本はわからないようだ。
 例えば、北欧では、1970年代はほとんどがオープンな養殖だった。これが、今ではクローズなプール養殖に変わってきた。抗生物質の水面散布や餌添加による沿岸汚染を避けたのである。この過程で、鮭の寄生虫フリーが実現した。鮭の生食の普及は、北欧の技術のお蔭である。大げさに言えば、これで世界の食生活が変わったともいえる。

 一方、日本の養殖漁業は、高密度飼育できなければ、とても採算が合わない。当然、抗生物質リッチな環境は避けがたい。沿岸の状況は年々悪化すると予想される。そのため、欧州と同レベルの抗生物質規制をクリアするのは極めて難しい。「クリーンな有機産品」表示が登場すれば、日本の養殖漁業は総崩れになるかもしれない。(同時にダイオキシンや水銀のモニターが始まると、漁業の存続を問われる沿岸も出ると予想される。)

 要するに、安全技術を通じて、欧州は、漁業を頭脳・技術集約型産業に変えようとしているのである。

 日本人は、この感覚が極めて乏しい。漁業の技術体系全体を考えようとしないからだ。
 例えば、世界の養殖飼料分野のトップメーカーとは、オランダのNutrecoやフィンランドのEwosだ。こうした企業の力量は極めて高い。生餌の日本に比べて、数倍の飼料効率を実現していることは間違いない。このような力に支えられているから、北欧のサーモン産業が世界に雄飛できたのである。
 今や、ノルウェーの養殖業は、パソコン操作で「サーモン・フード」を給餌する工業にまで進化している。日本の養殖業とは比較になるまい。

 日本の漁業関係者はことある毎に、世界一の養殖技術と喧伝するが、その観点は旧態依然たる漁業での、細かな技術の話しである。頭脳・技術集約型産業としての競争で見るなら、欧州の遥か後方をゆっくりと歩んでいる、と言わざるを得ない。

 技術とは産業全体の大きな枠組みのなかで、始めて大きな力が発揮できる。施策には、そのような仕組み作りが進むような仕掛が必要なのである。例えば、フィンランドは、漁業関係設備製造業、海産物取引業、養殖飼料業、等の集積地帯を作りあげることに成功している。新しい事業の仕組みや、新技術を活かせる体制ができあがったのである。
 海洋国日本にそのような地域があるだろうか。


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