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2010.12.2
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将棋に見る、日本文化の特異性…

 チェス( )は、古代インドのChaturangaが大元だそうである。
 “将”駒はQueen名に、“象”駒はBishop名に、“戦車”駒はRockになっている程度の違いで、ほとんど変わらないし、伝来を示す発掘物もあるようだから、まず間違いないところ。

【日本】
将棋
【中国】
象棋(xiangqi)
【印度】
Chaturanga
[個数] 8種20枚 7種16枚 6種16枚
[後列中央] 玉将/王将
金将[2枚]
銀将(金)[2枚]
帥/将
仕/士[2枚]
 
王Raja
将Mantri[1枚]
 
[後列左右]  
桂馬(金)[2枚]
香車(香)[2枚]
相/象[2枚]
/馬[2枚]
俥/車[2枚]
象隊Elephant[2枚]
騎兵House[2枚]
戦車隊Chariot[2枚]
[中列] 飛車(龍王)[1枚]
角行(龍馬)[1枚]
炮/砲[2枚]
[前列] 歩兵(と)[9枚] 兵/卒[5枚] 歩兵Padati[8枚]
-形状- 五角平板
大きさ変化
円盤
同一形状
立体
別々な形状
-文字- 漢字2字 漢字1字 無し
-敵・味方- 無し [例外: 玉・王] 色と名称で区別 黒・白色で区別
盤面 [条・路] 9x9
枡上
(9)x9
線上
8x8
枡上
[特殊区域] 無し 両陣間に“河界”
斜線付3x3の“九宮”
無し
 従って、中国の「象棋(xiangqi)」の起源も同じとされているようだ。素人には、論理性を欠いているような感じがするが、象棋の元となるようなゲームが中国で流行っていた証拠があがっていないようだから、まあ、妥当なところか。
 さらに、朝鮮半島にも類似ゲームがあるが、少々異なるにすぎないもの。これは誰画」考えても、中国伝来。
 そうなると、海を挟むだけの日本にも伝来したと考えたくなる。ところが、それにしてはゲームの中味が余りに違いすぎる。悩まざるを得ない訳だ。

 そこで、大元のインド様式と比べることになるが、そうすると、なんだこちらの方がよほど似ているのではないかと思ったりする。そうなると、インドからの直接伝来と考えたくなる。
 それに、チェス、象棋、将棋が3大戦争ゲームなのは間違いないところだから、すべて元はインドという説明は座りがよい。そうだ。これは、インドから海路で伝来と見なすことにしようとなりがち。
 だが、小生はこの手の説明にはしっくりこないものを感じてしまう。もしそうなら、同時に到来した様々な文物が残っていてもよさそうだし、日本流なら、僅かでも言葉の切れ端を残していそうだが、それに当たるようなものが考えつかないからである。

 それでは、どういうことが考えられるだろうか。

 一番自然なのは、日本に伝わったのは象棋と見る考え方。ただ、その際、インドではよく似ているが違う戦争ゲームがあると耳にし、どうして違うのか興味が湧き、その点を追求したのではないか。  おそらく、それに対する中国人の答えは、インドと中国では戦争のスタイルが全く異なるからだというもの。
 そこで、それなら、日本スタイル版を作らざるを得まいとなったのではないか。当時、そんなことに関心を払うのは日本位だったということもあろう。
(尚、飛車・角の存在は、中国の中段導入に従ったからとしか思えない。インドからの直接伝来なら中段は作るまい。)

 その観点で日本、中国、印度の違いを眺めると実に面白い。

 まず、盤面。
 中国だけが、駒が線上を動く。戦争は“路”の争奪戦でもあり、軍団は整備された条・路や街道を進むのが普通だから、いかにも。日本はそんな戦争には馴染めまい。
 両軍の間に河があるのもよくわかる。中国の場合、河を挟んでの両軍対峙はよくあること。戦争シーンとして外せない。余計なことだが、“象”駒は河を渡れない。なるほど。

 日本では、こうしたルールだと、かなりの違和感が生まれてしまう。
 少なくとも、“象”はなんだかね〜、だろう。
 チェスにしても“象”はいない。それは当然。一番早く象隊を止めたのは欧州だからだ。象隊は、馬が引く戦車のような機敏な動きができないし、斧での足への攻撃にはからきし弱い。喇叭音で錯乱でもされたら手がつけられない。従って、Bishopに代替されてしまった訳である。
 日本は完璧に無視。

 そうそう、もう一つ中国の特筆ものは“王宮”の設定。師と仕官はそこから出られないのも、いかにも感。日本では、都に城壁らしきものが無いのが一大特徴。もともと、都は古くなったらさっさと移すことにしていた国である。壊されたら、別な地に新たに作ればよいといった感覚だから“王宮”の持込思想そのものが理解を越えるものだったろう。

 この辺りは序の口。
 駒を眺めれば、もっと本質的な違いがあることに気付かされる。

 一番の違いは、両軍の駒のデザイン。これは圧巻。
 印度は“黒”チーム v.s.“白”チームだし、中国だと“紅字”チーム v.s.“黒[白]字”チーム。当たり前だが、敵と味方は明確に区別されている。
 日本はこの考え方に逆らったのである。両群の駒は全く同じ。ただ、それではわかりにくいから、一点だけ違いをつくった。従って、“玉”に従うチーム v.s.“王”に従うチームになるのだ。
 さらに付け加えておくべき点がある。中国の駒の名称だ。敵と味方では字が異なる。異民族が戦い合うシーンを彷彿させられではないか。

 駒の形状の違いも気になるところ。
 インドは立体。中国と日本は板に文字。日本も中国も、戦争になれば、組織の戦いだから、重要なのは“役割”で。表面的な見かけなど意味がないということかな。ただ、日本の場合は駒の大きさが違っており、歩兵はいかにも小さい。
 お蔭で、大勢の小物が一列に並ぶ戦争シーンが盤面に浮かび上がる。だが、小物でも活躍はできるのである。敵陣にたどりつくと、駒は裏返り“と”に。金将並みの力ありとの評価が下される。
 五角形の由来が気になる人がいるようだが、中国経由での伝来ならそうならざるを得まい。駒は線上でなく枡内だから、円盤ではなく直方体がふさわしい。ただ、敵味方の駒に違いがないから、向きを示す必要があり前方を尖らす必要があるだけのこと。2文字にしたかったようだから、下に伸ばしたホームベース型が 一番馴染む。それだけのことだろう。

 あと付け加えるのは、よく知られている日本の特異なルール。  戦争とは、普通は敵兵の首をはねる戦闘からなる。ところが、将棋はそれを否定しているのだ。敵兵はすべて捕虜にする。そして、寝返らせて攻撃要員として活用するのである。日本以外はビックリ仰天では。
 ただ、打ち歩詰めは禁じ手。それだけは余りに酷いぜということ。

 飛車・角の設定もなかなかユニーク。巨砲の設定は中国と同じだが、成り飛車は“龍王”である。いかにも、武家の実力者らしき地位。ただ、現実には存在しない龍にしているところが面白い。
 まあ、武家には本物の戦乱を避け、ゲームだけで戦ってくれまいかというところか。この辺りの発想は中国にもありそうだが。

 将棋をこうして眺めるだけで、日本社会の特徴が見えてくる気がしてくる。当然ながら、その特徴は将棋が定着した頃の社会を反映したものでしかないが、なんとなく現代にも通用しそうな“気分”を含んでいるのが、愉快というか、恐ろしいというか、・・・。
 色々と、考えさせらるのは確か。


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