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■■■ ジャータカを知る [2019.5.18] ■■■
[69] ガンジス魚
女神ガンガーGaṅgā[ガンジス川]とは川そのもの。
その乗り物はマカラMakara/摩伽羅 or 摩竭魚。怪魚との解説が多い。しかし、「大唐西域記」には摩竭的大魚が記載されており、想像上の怪獣ではなく実在の水中棲息動物と見るべきだろう。
(ジャータカ英訳にはモンスター魚という一括りにした名称だけで、マカラを意味する個別名称は登場しないようだ。)

現代の図絵では、大きな鱗がついていていかにも魚という形状のデザインが目立つが、よく見ると口吻部分が象の鼻になっていたりする。まるっきりの海豚タイプもあるし、尾だけ海豚にしている場合。捜せばいくらでもバリエーションがありそう。古いバージョンだと、長い口吻の歯と尾の形状から見て、魚食性鰐の印度ガビアル。
魚喰いなので川王にはぴったり嵌るが、陸棲動物を襲う肉食の大型入江鰐の獰猛さと比べると迫力不足は否めない。

マ、大河川であり、ヒマラヤの標高3,892mに発し、全長2,525kmもあり、水棲動物も色々あるゼと鷹揚なのであろうか。
(日本でも、鰐は誰でも知るが、魚食で口吻形状が大きく異なるガニバルは無名に近い状況で、インドでも同じようなものだった可能性があろう。そのような理解できぬ生物を皆に覚えさせる訳にはいくまい。)

現在なら、ガンジス川に限れば、こんなところが乗り物の有力候補になるだろう。・・・
    ●ガンジス鼈[スッポン]Ganges softshell turtle恆河鱉
    ●ガンジス河海豚Ganges River dolphin(Shushuk or Susu)/印度河海豚[→]
    ●河巨頭Irrawaddy dolphin/短吻海豚
    ●砂滑[スナメリ]Finless porpoise/江豚[→]
    ●入江鰐Saltwater crocodile/灣[→]
    ●印度ガビアルGharial/恆河
    ●黒鵞絨川獺Indian smooth-coated otter/江獺[→]

マカラ信仰らしきものもあるようで、それはマカラそのものではなく、棲むとされる場所(マカラーヴァーサーMakaravasa)が対象らしい。
河川女神によって、天あるいは自由な領域に達することができるとの思想が根底にあり、その神が乗る水棲生物を神聖扱いすることになるのは当然かも。
ヴァルナVaruna/伐楼拿[天海]が河川の水源の雨を降らせる神だろうから、その乗り物がマカラなのは至極論理的。

ただ、ガンジス川の聖地は3河川合流地サンガムTriveni Sangam、と明確にされている。
それぞれの女神は異なる乗り物を使っている。(サラスヴァティ川は、大昔に流れていただけで、その後消滅しているから、水棲動物を使っていない。)
《[本流]ガンガー川Gaṅgā》
   …【鰐[ガビアル]】"クンビーラ"
《[支流]ヤムナー川Yamuna》
   …【亀】
《[伏流]サラスヴァティ川Sarasvatī》
   …【白鳥 or 孔雀】
「マハーバーラタ」ではこの地が最高位。「リグベーダ」ではここで沐浴し汚れを落とし再生し天に昇れる、と。
そこには宗教施設は無く河原あるのみ。仏教用語で出家修行者の集合体をサンガsaṃgha/僧伽と呼ぶのと同じで、魚もこの地点で集合することになるとの考え方か。
(尚、神話では天からシヴァ神を通じてガンジス川に水が流れ落ちる。)

この3河川合流地というコンセプトは、大きな河川なら人々の信仰対象になっているから、同様な場所が聖地になるし、その使徒としての水棲動物が設定されることになる。もちろん、3河川合流地も存在する訳だ。・・・
《インダス川Sindhu or Indus》
   …【鯉】マシールGolden mahseer/黄鰭結魚 or 金吉羅
  "Jhulelal"
   …【鰊】Pallo fish or Palla(=Ilish*)
《ナルマダー川Narmada》
   …【鯉】トールRed-finned mahseer/結魚
《ゴーダバリー川Godavari》
   …【鰊】Pulasa fish(=Ilish*)
《クルシュナ川Krishna》
   …【鯉】Krishna carp/多氏高鬚
《カーヴィリ川Kaveri》
   …【鯉】Katls or Copper mahseer/墨脱四鬚
      Mrigal/卷鬚[⇔1m]
■タイ■《メコン川Mekong》
   …【鯰】メコン大鯰Mekong giant catfish/巨無齒𩷶
■バングラデシュ■《ブラマプトラ川Bramhaputra》
   …【[河〜海棲]鰊】イリシIlish* or Hilsa herring/雲
[注]イリシIlish* or Hilsaはベンガル湾側の沿岸域の海棲魚だが、潮流によって大河に流れ込むことになる。川棲魚と認識されると名称が変わる。

どこも聖魚だ。
鯉系が好まれるようだが、選ばれる基準はなんなのだろうか。
肉食底魚で喰らいつく鯰は選に漏れそうな気はするが。
インドで目立つ淡水棲息種としては他にこんな種もある。
    [撚鯛系]Rani or Pink Perch(a threadfin bream)/(金線魚系)
    [川雀系]ダイヤモンド・クロマイドGreen Chromide(Karimeen@ケララ)/
          黒麗魚@沿岸部淡水〜汽水域[⇔0.2m]
    [鰻系]Indian mottled eel[河川棲淡水種][⇔1.2m]@亜大陸全体(各地別名)
    [鮭鱒系]虹鱒Rainbow trout/虹[移入種]
    [川雀系](ナイル)ティラピアNile tilapia/尼羅口孵非[移入種]
    [駄津系]ニードルガーAsian freshwater needlefish/異齒針魚@印〜東南アジア
    [雷魚系]プラーチョン"common" Snakehead/線鱧[⇔1m]

ガンガー川とヤムナー川にも、大魚マカラ以外に聖魚扱いの魚がいたのではないかという気になる。そう思わせる話がジャータカにある。・・・
[#205]恒伽魚譚
ガンジス川の魚とヤムナー川の魚が、どちらの容姿が美しいか亀に判定させた。すると、亀は、どちらも美しいが自分がさらに美しい、と。

撚鯛や麗魚なら誰が見ても美しいと感じるだろうが、黄金色の鯉は別として、鯉系統がはたして美しさを誇れる姿だろうか。美味であることは間違いないが。

ただ、ガンジス川の魚は鯉系の可能性はあるだろう。餌付けし易い魚がいたようだから。・・・
[#288]魚羣譚
地主の息子兄弟は父の死去で田畑を売り等分に分けた。ガンジス川のほとりで、兄が弁当の残りを魚に与えたのを見た弟はお金を独り占めする算段を考えた。船に乗ってから、石を詰めた兄のお金の袋を落としたが、兄は動ぜず。ところが、落としたのは実際はお金が入った方で、弟は後でそれに気付き落胆。
それを見ていた河神が魚を通して兄の元に戻るように手配。

この場合、底魚の可能性もあろう。

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