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■■■ 今昔物語集の由来 [2020.2.29] ■■■
[附 8] 非博物学的
「今昔物語集」を"博物学的"と見なす話[→]をした次に、それを否定するような話もしておこう。

"博物学的"としたのは、突飛な事象を含めて網羅的に眺めることで大きな流れをつかもうとの意欲で創った書であると見たから。
「酉陽雑俎」はその点では、膨大で広範囲の話を扱っており、典型的モデルと言ってよいだろう。

しかし、それと比較すると、「今昔物語集」は譚数はせいぜい2割だし、取り扱う範囲は極めて狭い。
ただ、一般書のように限られた地域と階層や職業だけを題材にしていないというに過ぎないともいえる。
だが、"博物学的"意欲という点では、決して負けていないと思う。

と言うことで、完璧な"非博物学的"な書である点も指摘しておきたいと思う。

俯瞰的に見るにはかなりのスキルと基礎知識を要する。沢山の事象をどのように取捨選択して量的にどの程度眺めると全体像が見えるのかの判定は"勘"に頼るしかないのが実情だからだ。
リベラルアーツを重視するのは、このスキルを磨くことができる可能性があるから。しかし、知識偏重になれば、かえって逆効果にもなる。
しかも厄介なことに、そんな領域で意見を言えることが、社会的階層を示す標章になっているから、分析的見方を速く体得することに精力が割かれてしまい、当初の目的とはズレて行くことになりがち。
さらに問題は、このスキルの巧拙にはとてつもなく大きな個人差があるにもかかわらず、自分のレベルを冷静に判断することができない点。
リベラルアーツ的学びは結構難しいのである。

「今昔物語集」編纂者は、ここらに感付いていた可能性が高い。

天竺・震旦・本朝の様々な階層・職業の人々が登場する話を1,000譚以上も収集したという点では網羅性で、本邦の類書にはない企画だが、実は「酉陽雑俎」の網羅性とは違う。

「酉陽雑俎」は、明らかに元ネタの取捨選択に心を配っている。と言うか、それが可能な環境に居たからである。
ところが、「今昔物語集」の方はそうではない。
元ネタを限定した書に定めているからだ。これでは、見かけの網羅性でしかない。しかし、おそらく物理的な環境的制約から、これ以上を望むと返って質の大幅低下は免れないと判断したのだろう。
どうするかと言えば、元ネタを加工したのである。言い方を変えれば、翻案モノを並べることにしたということ。筋はほとんど同じだが、取り上げているポイントが替わってしまったり、登場人物の差し替えで、題材を違う形にしたりする訳である。
このことで、幅広い見方を提供しようということ。

言うまでもないが、こんなことができる自信があった訳で、古今東西の文献に触れ、インターナショナルなセンスを持っていたということになろう。

・・・言うまでもないが、「今昔物語集」がそのような企画で編纂されていると見なす人は異端である。

何回も繰り返すが、「今昔物語集」とはあくまでも仏教説話集なのである。
それは、おそらく国学の伝統からくる。

どのような内容かは知らぬが、岡本保孝[1797-1878年:蔵書家の国学者]:「今昔物語出典攷」1860年 が先鞭をつけたことに始まる。(狩谷斎[1775-1835年:考証学者] 「日本霊異記攷証」もあるし、小山田興清[1783-1847年]:「今昔物語訓並出典攷」も見えるので、考証的国学大繁栄期だったということか。)

それが、芳賀矢一[1867-1927年][纂訂]:「考証今昔物語集」1913-1921年(焼失した東京帝国大学所蔵書写本がベース)として結実したようである。
南方熊楠は無断引用する典型的な日本の学者としているそうだが、ありえそうなこと。一学者には、とても真似できそうにない、膨大な考証の書を完成させたのだから。
ここで、「今昔物語集」の位置付けが決まったと見てよいだろう。

源氏物語的な恋の世界を描いた作品を日本の代表とされるのは面白くないということ。
そして、「今昔物語集」こそ、日本人が夢にも知らぬ"因果応報からくる倫理思想"を教えた書であり、収録された釈迦伝や仏教説話は仏僧によって教説に使われることになった重要な書だと指摘したのである。
当然ながら、三国に渡って、文献逍遥を果たし、そこからエッセンス的にまとめた仏教説話集との評価になる。

おそらく、実態は違う。
編纂者は間違いなく、三国に渡って、文献逍遥を果たしているが、「今昔物語集」の各譚の出典は限定した書でしかない。それに手を入れて、幅広いものの見方ができるようにしただけ。
そして、数多くの話を読んでいると、洞察力があれば社会の大きな流れが読み取れる筈と踏んだのだと思う。
もちろんのことだが、それはサロンでの談論のタネでもあり、それこそが皆の楽しみであったろう。たとえ話題はシリアスであっても、それを笑い飛ばすことができる楽観主義を披歴できる力量こそが一流人の資格でもあったと言えそう。

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