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■■■ 今昔物語集の由来 [2019.11.15] ■■■
[138] 真田虫男
滑稽譚が並ぶなかで、現代人だと笑えない話が収載されている。前生が真田虫とされると、どうしても気持ち悪い感が生まれてしまう。
循環器・呼吸器・腸管も無い単純な構造の扁形動物[→]に対する偏見に由来する訳だが、寄生虫系が嫌がられるのは致し方あるまい。
・・・という風にも話をすることができるが、この譚の本質はそこではない。
  【本朝世俗部】巻二十八本朝 付世俗(滑稽譚)
  [巻二十八#39]寸白任信濃守解失語

話のトーンからすると、憎い真田虫野郎をやっつけてしまえというお話以上ではなく、形は前生譚だが、そのような風合いで語られている訳ではなく単純な"お笑い"話だろう。
実際、編纂者コメントからすれば、人気があったようだし。
   聞く人は此れを聞て咲けり。

 信濃国司として赴任してきた人の生母は
 腹に寄生虫の寸白
/絛蟲:真田虫をかかえていた。
 国境で恒例の守赴任歓迎会が開催された。
 その宴席に、
 信濃名物の胡桃ばかりの料理がずらりと並んだ。
 それを見た守はもだえ苦しんだ。
 その様子を見た老人が怪しく思って
 寸白がヒトに化身しているのではないかと
 疑い始め、
 (虫下しになると言われている)
 濁酒を国司に差し出した。
 それは、3年ものの古酒に、
 胡桃擂り下ろしを濃い目に入れたもの。
 お出迎えの宴では守にお酌をして、
 お召し上がり頂くことになっていますと語りながら。
 守は顔色変り震え始めたが
 介は、これが定めと引かない。
 すると、守は、寸白男なので我慢できぬと言い
 水になって流れ失せたと。
 郎党一同大騒ぎ。
 介は国の者共を集めて帰るし、
 郎党もしかたなく帰京。
 守の家族や親類は主人が
 寸白の転生者と初めて知ったのである。


おそらく出典元は見つからないだろうが、小生は巷で流行った実話と見る。

当時の信濃の胡桃は、日本の鬼胡桃であり、現代主流の西洋胡桃ではない。殻がえらく小さい上にとんでもなく堅い。実は、しっかりとした歯応えがあり、エグ味を感じさせるがそこが又美味しさを後押しする。

そんな素晴らしいものであっても、世の中には堅果アレルギー持ちが存在する。トレース的な含有量摂取だけでショック状況に至ることが多く、そうなると時間との勝負。薬を持たず、病院が遠いと助からないからだ。
守は、鬼胡桃のスイージーのようなものを無理矢理飲まされたのだろうから、ひとたまりもなかろう。発言から見て、それを意図した人殺しが行われたのである。

尚、真田虫駆除の民間療法は、単に炒っただけの榧の実である。灰汁的な脂が浸みだしてくるので、効く感じがするのだと思われる。(食用榧の実は灰汁抜き処理したもの。)
「榧子/榧実」は古くから大陸で用いられていた漢方薬であり、アルカロイドリッチなので飼い猫や闘鶏の条虫駆除では効果があったようだし、ヒトでの臨床例もかなりありそう。その処方が渡来し本朝でも使われたのだろうが、本邦の榧と同一種ではない。
そんなこともあって、鬼胡桃が代用品とされていたのだろう。
栗鼠に取られないよう、早目に土中に埋めて果肉から種子部分を採っていた作業が、榧の実(分類上は裸子だが、果肉的"仮"種皮がある。)の作業と共通なので、同類と見なされ易かったこともありそうだ。

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