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■■■ 今昔物語集の由来 [2020.5.4] ■■■
[309] 「撰集百縁經」

支謙[訳]:「撰集百經」は100則の因果業報的公案書。

何と言っても有名なのは"捨身飼虎"譚。コレが最古という訳ではなさそうだし、国家的行事に用いられる「金光明経」等々、色々な経典に引かれてはいるものの、なんとなく原点を彷彿させるのは、この書の雰囲気から。勿論、「賢愚經」にもある訳が。(巻一第二)
   →「ジャータカ[112] ジャータカ・マーラー」(2019.6.30)

この、すでに取り上げた「賢愚因經」[→]だが、過去佛の名前が時に引かれている。しかし、「撰集百縁經」の方は過去仏が重要な役割を果たす訳ではないものを引いていそう。つまり、無くてもよさそうな名前をわざわざ出すことで、釈尊は、聴衆になんらかの感興を引き起こそうとしたことになろう。このことは、集会参加者達は、釈尊に帰依する以前、過去仏に対する尊崇者達だったことを意味するのではなかろうか。
ただ、「今昔物語集」編纂者は引用にあたってはそのような部分は不要であろう。ここでは、釈尊の説法の原初タイプを感じ取ることさえできれば十分だからだ。
  【天竺部】巻二天竺(釈迦の説法)
  [巻二#22]常具天蓋人語
  ⇒ 「撰集百經」 巻七 現化品(六六)頂上有寶蓋縁《毘婆尸佛》
  [巻二#17]羅城金色長者語
  ⇒ 「撰集百經」巻七 現化品(六一)身作金色縁《毘婆尸佛》
  [巻二#36]天竺遮羅長者子閻婆羅語
  ⇒ 「撰集百經」巻五 餓鬼品(五〇)婆羅似餓鬼縁《迦羅迦孫陀佛=拘留孫佛》
  [巻二#11]舎衛城宝手比丘語
  ⇒ 「撰集百經」巻九 聲聞品(八三)寶手比丘縁《迦葉佛》
  [巻二#39]天竺利群史比丘語
  ⇒ 「撰集百經」巻十 諸縁品(九四)梨軍支比丘縁《帝幢佛=帝沙》
  (上記は巻二のみ。)

 (七仏前)
  帝沙
@「大悲經」星宿名
    提舍佛
    弗沙佛…クシャトリア
 (過去七仏)
  毘婆尸佛…クシャトリア
  尸棄佛…クシャトリア
  毘舎浮佛…クシャトリア
  倶
[拘]留孫佛/具峰佛…バラモン
  倶
[拘]那含牟尼佛…バラモン
  迦葉佛…バラモン
  釈迦牟尼佛/喬達摩佛(釈尊)…クシャトリア
 (未来仏)
  彌勒佛/慈氏佛…バラモン


「撰集百經」の記述スタイルはいかにも、説教の要点のメモ的。
  佛在○○國。・・・
  ・・・得阿羅漢果、・・・
  爾時諸比丘,聞佛所説,歡喜奉行。


「今昔物語集」編纂者はそんなセンスを気にいったようである。そんなこともあって、仏前譚の巻にも収載したくなったのではなかろうか。
  【天竺部】巻五天竺 付仏前(釈迦本生譚)
  [巻五#_3]国王為盗人被盗夜光玉語 [→摩陀国王阿闍世]
  ⇒ 「撰集百經」巻八 比丘尼品(八〇)盜賊人縁
  [巻五#11]五百人商人通山餓水語 [→五百羅漢]
  ⇒ 「撰集百經」巻二 (一三)法護王請佛洗浴縁


 「此れは、経の説也」とぞ、僧語りし。
、と書いてあるが経典名が無い。「撰集百經」ということだろうか。

ご教訓は「善悪一つ也」で、鴦掘摩羅切仏指語と阿闍世王殺父王語と類似とされ、悪行が善行をもたらすという理屈。盗人の悪行も同類ということになるが、わかったような、わからないような解説。
大臣にされた盗人が、王のトリックを見破るところを見ると、経典を知らないでもなく、盗みが悪行とされることを承知していた訳で。しかも、見破れたお蔭で国まで頂戴できたという美味しい果実を得たのである。これぞ、盗みを敢行したお蔭というのだ。
 臣白言:「我昔曾入僧坊之中,聞諸比丘講四句偈,
   云道諸天眼瞬極遲,世人速疾。
   尋自憶念,是故知非生在天上,以是不首。」

 盗んだ夜光玉とは、王権の象徴かも知れぬという気にさせる話でもある。その能力があり、仏教経典にも明るい男であることは、国王もご存じであり、だからこそこの男に自白させようと計略を案出したに違いない訳だし。
なかなか面白い。

もう一つは翻案版である。

「今昔物語集」では、隊商随行沙弥が頭を打ちつけて流した血液を飲ますことで、水無しで死ぬ一歩手前だった人々を救うという捨身譚になっているが、「撰集百經」は、そういうことではなく、遠い地にいる釈尊が祈願の声を聴いて帝釈天に降雨させる。前世釈尊を登場させないと、巻五には収録できないので、大胆に変えたのであろう。
正式な僧になる前の若き沙弥の壮絶な犠牲譚に仕上げており、本朝的な感覚からすれば行き過ぎ感を与える説話だが、天竺的にはその程度は驚くにあたらぬということか。

《出版物》 杉本卓洲[校註]「撰集百縁経」 (新国訳大蔵経 インド撰述部 本縁部2) 大蔵出版 1993年

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