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■■■ 今昔物語集の由来 [2020.5.26] ■■■
[331] 「注好選」依存
巻十巻十は震旦国史と題されているが、確かに史書にでてくる話が収載はされてはいるものの一部にすぎない。基本的には、人物逸話の類であり、奇譚的な事象を記載した話である。

芥川龍之介流なら、直截にこう書くことになろう。・・・震旦の歴史書とは列伝記に過ぎず、大きな社会的変化を提起するものではなく、単に各人物がとっぴょうしもないことを行ったので時代が変わったといわんばかり。一種の娯楽用紙芝居で御座候。

これは実は儒教信仰が根底にある国の特徴でもある。

独裁者の奇譚こそが、天命の存在を示唆することになるからだ。
"老齢の毛沢東が揚子江で超人的遠泳"という話にしても、西欧的な馬鹿げたプロパガンダではなく、民の要求に応えて生まれただけのこと。流石に、現代の"史"書には掲載されないだろうが、かような話は独裁者に限らずいくらでも生まれる。
それは、"史"書に掲載させるには一番好都合だからだ。

儒教国では、宗族代表を史書に取り込んでもらうことは、なによりも重要。その注力度合にはただならぬものがある。それは、"誇り"にしたいという様な生温いものではなく、必死に近かろう。公的に血族祖の存在を確定してもらわないと、長期的にはその子孫が抹消されかねないと考えるからだ。
中華帝国の儒教ベースの歴史観とは、天命による革命勃発で王朝断絶必至というもの。従って、宗族の長期繁栄の視点から見れば、時の王朝での位置付けより、そこでの奇跡的事象と名前を遺しておくことの方が重要。現世の宗族一同にとっての利が薄れて来たなら、新王朝の独裁者を求める動きにいち早く乗らねばならないのだから。

「今昔物語集」編纂者はその辺りをわかっていて、この十巻をまとめた可能性が高い。

そうなると、ここはどうしても儒教臭は避けて通れまい。

「今昔物語集」編纂者が儒仏習合を喜ぶ体質とは思えないが、震旦で仏教が残れるとしたらそれ以外にないと予想したのではあるまいか。

そんな風に考えると、"孝養"と題した巻九に収載した「孝子伝」[→]を重視している儒仏信仰の「注好選」撰の者視点を取り入れるしかなかろう。

儒仏混淆とは、仏教のコンセプトについては一知半解的であることを意味するが、それでもよかろうとの決断だろう。当時の震旦社会の流れを考えるとそのうち儒仏主流化と踏んだことになる。現代を見ればわかるように、大乗仏教は事実上消滅させられており、ものの見事にその読みはハズレ。
もっとも、この読みは、宗教としての儒教を排除した本朝ではアタリ。
「今昔物語集」編纂者は、武家への在家念仏往生型仏道浸透を確信していたようだが、同時に儒教道徳的生活ポリシーも広がって行くことも見抜いていたからだ。
本朝では、明治維新による武家文化排除と廃仏運動の勃興で「注好選」は一般社会では知られなくなってしまったが、往生仏道を推進してきた僧団内ではアンチョコとして使用した時代の流れが残っている筈だし、武家支配時代に成立した文芸にもかなりの引用があっておかしくなかろう。

と言うことで、震旦国史を「注好選」的観点で描いてみるか、となったのだろう。「注好選」譚の表題はS(2字人名)VOの4字熟語であり、震旦型列伝表記にはピッタリだし。

そうそう、「注好選」譚の出典だが、原文に書いてあっても、不詳とそう変わりはあるまい。すでに書いたように[→]、これは説教の際のタネにするための秘匿されているアンチョコ本。学門用とは訳が違い厳密性とは無縁。この部分は、こう換えるとウケが良いとなればすぐに添削された筈。これを特別に受け継がせる時は、清書されるだけのこと。
「今昔物語集」編纂者にとっては、とっても"魅力的な"書だったろう。

ついでながら、巻十には、「今昔物語集」とは目的も内容もかなり離れている、歌論書の「俊頼髄脳」からの引用も少なくない。
震旦には公的な史書があり、有名な事績には必ず人気の詩文がついて回るから、震旦書から引用すれよさそうなものに、そうせず、わざわざ、本朝版の孫引き。
このことは、「注好選」や「俊頼髄脳」を成立させた関係者に連なる人物が、「今昔物語集」編纂者主宰のサロンに参加していて、編纂プロジェクトで翻訳者の役割を務めたことを示しているのでは。

  【震旦部】巻十震旦 付国史(奇異譚[史書・小説])
 《1-8 王朝》
  ●[巻十#_1] 秦始皇在咸陽宮政世語📖始皇帝
  ⇒「俊頼髄脳」秦始皇二世
  ●[巻十#_2] 漢高祖未在帝王時語
  ●[巻十#_3] 高祖罸項羽始漢代為帝王語 (後半欠文)
  ●[巻十#_4] 漢武帝以張騫令見天河水上語
  ⇒「俊頼髄脳」張騫
  ●[巻十#_5] 漢元帝后王昭君行胡国語📖王昭君
  ⇒「俊頼髄脳」王昭君
  ●[巻十#_6] 唐玄宗后上陽人空老語
  ●[巻十#_7] 唐玄宗后楊貴妃依皇寵被殺語
  ⇒「長恨歌伝」(白居易:「長恨歌」)(「旧唐書」「新唐書」)
  ⇒「俊頼髄脳」楊貴妃
  ⇒「注好選」上101漢皇涕密契
  ●[巻十#_8] 震旦呉招孝見流詩恋其主語
  ⇒「俊頼髄脳」呉招孝
 《9-15 賢人》
  ●[巻十#_9] 臣下孔子道行値童子問申語📖孔子
  ⇒「俊頼髄脳」孔子
  ⇒「注好選」上85孔子却車
  ●[巻十#10] 孔子逍遥値栄啓期聞言語📖孔子
  ●[巻十#11] 荘子□□□許借粟語📖荘子
  ●[巻十#12] 荘子行人家殺雁備肴語📖荘子
  ●[巻十#13] 荘子見畜類所行走逃語📖荘子 📖蟲への布施行
  ●[巻十#14] 費長房夢習仙法至蓬莱返語📖大興善寺費長房
  ●[巻十#15] 孔子為教盗跖行其家怖返語📖孔子
 《16-27 武将・文官》
  ●[巻十#16] 養由天現十日時射落九日語
  ⇒「注好選」上69養由射日
  ●[巻十#17] 李広箭射立似虎巌語
  ⇒「注好選」上70李広貫巌
  ●[巻十#18] 霍大将軍値死妻被打死語
  ●[巻十#19] 不信蘇規破鏡与妻遠行語
  ⇒「注好選」上75蘇規破鏡
  ●[巻十#20] 直心季札釼懸徐君墓語
  ⇒「注好選」上73紀札懸釼
  ●[巻十#21] 長安女代夫違枕為敵被殺語📖「孝子伝」
  ⇒「孝子伝」東帰節女/京城節女{43---節婦義娘}
  ⇒「注好選」上67郎女代枕
  ●[巻十#22] 宿駅人随遺言金副死人置得徳語
  ●[巻十#23] 病成人形医師聞其言治病語📖童膏盲に入る
  ●[巻十#24] 震旦賈誼死後於墓文教子語
  ●[巻十#25] 高鳳任笇州刺史迎旧妻語
  ⇒「注好選」上32高鳳流麦
  ●[巻十#26] 文君興箏値相如成夫妻語
  ●[巻十#27] 震旦三人兄弟売家見荊枯返直返住語📖「孝子伝」 📖兄弟殺意
  ⇒「注好選」上97田祖返直
 《28-35 国王》
  ●[巻十#28] 震旦国王行江鈎魚見大魚怖返語
  ●[巻十#29] 震旦国王愚斬玉造手語
  ⇒「俊頼髄脳」卞和
  ●[巻十#30] 漢武帝蘇武遣胡塞語
  ⇒「注好選」上71蘇武鶴髪
  ⇒「俊頼髄脳」蘇武
  ●[巻十#31] 二国互挑合戦語
  ●[巻十#32] 震旦盗人入国王倉盗財殺父語
  ⇒「注好選」上89殺父頸孝子
  ●[巻十#33] 立生贄国王止此平国語
  ●[巻十#34] 聖人犯后蒙国王咎成天狗語📖天狗
  ●[巻十#35] 国王造百丈石卒堵婆擬殺工語
 《36-40 他》
  ●[巻十#36] 嫗毎日見卒堵婆付血語
  ●[巻十#37] 長安市汲粥施人嫗語
  ●[巻十#38] 於海中二竜戦猟師射殺一竜得玉語
  ●[巻十#39] 燕丹令生馬角語
  ⇒「注好選」上72燕舟馬角
  ●[巻十#40] 利徳明徳興酒常行会語
  ⇒「注好選」上74利徳報盞

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