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■■■ 今昔物語集の由来 [2020.10.26] ■■■
[483] 藤原道信の歌
「今昔物語集」編纂者撰和歌集の8番は藤原道信[972-994年]📖和歌集
  [巻二十四#38]藤原道信朝臣送父読和歌語
991年、法性寺に入った父為光逝去。哀傷歌を読む。これが冒頭に来る。📖系図@藤原公任の歌

夭逝にもかかわらず、その辺りの話は避けている。
その上で、どういう意味があるか定かではないが、なんと20首も羅列。
しかも、あろうことか、清原元輔[908-990年]📖"禿頭に冠"で大爆笑のマイナーな作も混在。
そんなこともあり、ネット情報のレベルでは追いきれない。

 恒徳公の服ぬぎはべり
 限りあれば 今日脱ぎ捨てつ 藤衣
  果て無き物は 涙なりけり
 [拾遺#1293]

 朝顔の花を、人の許につかはすとて
 朝顔を 何は悲しと 思ひけむ
  人をも花は さこそ見るらめ
 [拾遺#1283]

 見る人も なき山里の 花の色は
  中々風ぞ おしむべらなる
 [道信集]
   <伊勢> 亭子院歌合の時よめる。
   見る人も なき山里の 桜花
    ほかの散りなむ のちぞ咲かまし
 [古今#68]
   ⇒源俊頼[1055-1129年]:「俊頼髄脳/俊頼朝臣無名抄/俊頼口伝集」1113年
       【十二】表現の虚構と歌心
📖「俊頼髄脳」好み

 或る女のもとに行った時、親が女を隠したので、女がそこに居るのに会えなくて帰り、贈った。
 よそなれど うつろふ花は 菊の花
  何へだつらむ 宿の秋霧
 [道信集]

3首で〆にしておけばよかったのだが、つい上記の歌を追加したくなったのだろう。
そこで俄然、遊び心。
●我が宿の 垣根の菊の 花ざかり
  まだうつろはぬ 程に来て見よ
 [清原元輔]
●桂川 月の光に 水まさり
  秋の夜ふかくなりにけるかな

●思ひ出づや ひとめながらも 山里の
  月と水との 秋の夕暮れ
 [清原元輔]
●老いの菊 衰へにける 藤袴
  錦残りて 在りとこたへよ

  "秋の野に、主なき藤袴も、もとの香りは隠れて、
   懐かしき追風ことに織りなしなからむ、勝りける。・・・
   老いを忘るる菊、衰え行く藤袴、・・・" [「源氏物語」匂宮]

●吹く風の 便りにもはや ききてけむ
  今日もちぎりし 山の紅葉葉

●きみがへむ 世々の子の日を 数ふれば
  かにかくまつの おひかはるまで


 女院初瀬詣で給ひて、まだ夜の深ければ出で給はぬほどに、月いとあかく澄みたれば、眺むるに、
 そむけども なをよろづよを 有明の
  月の光ぞ はるけかりける
 [道信集#86]

 「内より出でば、かならず告げなん」など契りける人の、音もせで里に出でにければ、つかはしける
 天の原 はるかにれらす 月だにも
  出づるは人に 知らせこそすれ
 [後拾遺#968]

 遠江守為憲、まかり下りけるに、ある所より扇つかはしけるによめる。
 別れぢの 四とせの春の 春ごとに
  花の都を 思ひおこせよ
 [後拾遺#465]

 人の遠き所にまかりけるに
 誰が世も 我が世も知らぬ 世の中に
  待つほどいかに あらむとすらむ
 [後拾遺#470]

 すけゆき(相如)の朝臣、出雲に成りて下るに、権少将(宣方)などもあり、
 あかずして かくわかるるを たよりあらば
  いかにとだにも とひにおこせよ
 [道信集#54]

大弐国章こくのおひをかり侍りけるを、つくしよりのほりて返しつかはしたりけれは
 行く先の 忍ひ草にも なるやとて
  露のかたみを おかむとぞおもふ
 [清原元輔]

 屏風絵に、はるかに沖に出ている釣舟が描かれているのを見て
 いづ方を さして行くらむ おぼつかな
  遥かに見ゆる 天の釣り船
 [道信集]

 屏風絵に、霧の立ち込めている中を旅人が行くのを見て
 朝ぼらけ 紅葉葉隠す 秋霧の
  立たぬ先にぞ 見るべかりける
 [道信集]

●流れ来る 水に影見む 人知れず
  物思ふ人の 物思ふ人の 顔や変はると


マ、この遊びの気分、「小倉百人一首」#52の歌を知っていると、わからないでもない。恋の歌といっても、互いに世(夜)を渡り歩いてきた男女の仲を、粋を極めて詠むのとは大違いで、初々しさを感じさせるものだからだ。
冒頭の哀傷歌の"出来上がった"風情と落差有り過ぎということで。
 明けぬれば 暮るるものとは 知りながら
  なほ恨めしき 朝ぼらけかな
 [後拾遺#672]

おまけ。
 <藤原頼孝> 中将道信朝臣みまかりにけるを、おくりをさめての朝によめる
 思ひかね 昨日の空を 眺むれは
  それかと見ゆる 雲たにもなし [千載集#550]

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