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■■■ 「古事記」解釈 [2021.2.14] ■■■
[44] 近淡海と遠飛鳥に注目する由縁
序文と本文の齟齬を感じないではいられないのが「古事記」の一大特徴。お蔭で、どうしても序文を読むと面食らうが、それがこの書の価値を高めている。
ただ、そう考える人は多分希。叙事詩として読もうとしない限り、その感覚は生まれようがないからだ。その結果、どうしても序文は無視されがち。残念至極。

要するに、序文とは、文字無き時代の伝承譚を編纂した叙事詩の解題であり、いかようにも書ける、というだけのこと。
謹厳実直な典故主義の視点でもよいし、お笑い物語と見なしても構わないだろう。記紀派的立場なら、特定皇族とその臣下の限定グループ内で寿ぐための語りテキストと見なすことも可能だ。

それが、"日本の"叙事詩に対する姿勢。太安万侶はそれを理解していたので、思う存分、序文を推敲したと見てよかろう。・・・「古事記」を読むなら、インドについて、知っておくべしと書いたが、その知識を欠くと、この辺りは実感できないということもある。インド亜大陸は叙事詩で一体感が生まれているが、それは、信仰の根源が物語の世界に没入することにあるから。日本の神話の扱いとはいささか異なる。

前置きは、この位にして、ここで取り上げるのは、要旨の一部分。
愉し気に、漢詩対句のような凝った書き方を している。・・・

番仁岐命 初降于"高千嶺" 【降臨】[祖]
~倭天皇 經歷于"秋津嶋" 【東遷入畝傍】[初]
   化熊出川 天劒獲於高倉
   生尾遮徑 大烏導於吉野
   列儛攘賊
   聞歌伏仇

覺夢 而敬~祇 所以稱"賢后" 【祭祀】(通説)[10]御眞木入日子印恵命/崇神天皇《武田祐吉注釈校訂》…賢后ではなく、はなはだ疑問。
望烟 而撫黎元  今傳"聖帝" 【善政】[16]大雀命/仁徳天皇
定境開邦 制于"近"淡海 【行政区画制定】[13]若帯日子天皇/成務天皇
正姓撰氏 勒于"遠"飛鳥 【氏姓改革】[19]男浅津間若子宿禰王/允恭天皇

[祖]
 :
[初]
 :

[10]"所知初國御眞木天皇" 天下太平、人民富榮
 │
[11]
 │
[12]…大帯
 ├───┐
 倭建命 [13]…若帯
 │<《古市古墳群》《百舌鳥古墳群》時代突入>
[14]…息長帯比売命/神功皇后
 │
[15]"八幡神"
 │…16代から下巻📖[時代区分:4] 16〜19代総ざらい
[16]"聖帝"
 │
[17,18,19]

[祖]⇒[初]⇒[10]⇒[16]を、代表的天皇の系譜とするのは納得できるが、これに[13]⇒[19]が入ってくると、第二次世界大戦後の教育世代にはまったく理解できまい。天皇名さえ知らない人だらけの可能性さえあろう。

実際、本文の[13]代の事績は、建内宿禰を大臣に任命し、国造と県主を定めたと一行あるだけ。確かに、中央がすべての行政区画を決定する仕組みの構築は、国家的には画期的ではあるものの、背景説明も無いから、重視しているとはとうてい思えない。しかも、熱烈崇拝者が少なくない倭建命や"八幡神"の時代とくる。その上、[13]代は皇統を後代に繋いだ訳でもない。
太安万侶は、わざわざ、このような存在感が薄い天皇を代表として選んだことになる。・・・

そうなると、どうしても、"近"・"遠"を入れたかったとしか思えない。明日香地区が中枢的役割を果たすようになることは誰でも知っているから、言葉遊びの必要もなさそうで、表に余りみえて来ない、琵琶湖地区が政治上で果たした役割に目をむけるように喚起したかったのではなかろうか。
近淡海は宮地としては例外的に映るので見逃されがち、ということで。📖志賀高穴穂宮

[19]代の雷丘近辺の遠飛鳥宮遷都も唐突感がある。難波に常設の行宮ができたので、重要なのは権威的表象たる巨大御陵を港近辺に造営することだったから、宮地選定のパトスは見えてこない。明日香地区の飛鳥川一帯が選ばれるようになるのは、「古事記」末尾の[33]代からで、半恒久施設である寺との地理的関係から。
  小治田宮:33/(35,36,37)/(47,48) 飛鳥宮:34/35/37/40 嶋宮:40-1

両者ともに、宮地選定の意図が見えてこないが、それこそが宮地選定理由かも。宮周辺に各地の氏族の居住地があり、その角逐のお蔭で合理性より権謀術数で協議が進むようになると、統治システムが機能不全になりかねない。
そんな地から、とりあえず離れた場所で政務を執るのがよかろうということで。
県境の設定とか、氏族の地位についての決定をするには、そんな環境がなくしてはできないのが現実という、太安万侶流の皮肉か。

尚、小生的には、時代区分的にはこうなる。・・・
  【プレ古代(神権政治)】
葛城〜金剛〜巨勢時代 📖
山の辺の道[三輪山〜巻向山〜柳本]時代 📖
筑紫本営時代 📖
摂津〜河内〜和泉時代 📖
初瀬川時代 📖
桜井時代 📖
  【古代(律令国家)】
飛鳥の時代(仏教伝来)
奈良の時代
 藤原京(白鳳)
 平城京(天平)
平安京の時代
 大内裏(遣唐)
 摂関邸(国風)
 北面(院政)…「古事記」成立
┼┼┼┼┼┼↓佐紀└─┘(木津川)
┌淀川┘┼┼┼▲▲▲▲▲▲
┼┼┼┼┼┼┼┼┼┼春日山
┼┼生駒山┼┼┼┼┼┼
┼┼┼┼┼┼┼┼┼┼┼
高安山┼┼┼┼┼┼┼(←和爾/櫟井/柿本)
┼┼┼┼┼┼┼┼┼┼┼
大和川─┼┼┼┼┼┼┼←石上
┼┼┼┼┼┼┼┼┼┼┼
┼┼┼┼┼┼┼┼┼┼←柳本
二上山┼┼┼┼┼┼┼┼巻向山
┼┼┼┼┼┼┼┼┼┼┼三輪山
┼┼┼┼┼┼┼┼┼▲▲▲←桜井
葛城山┼┼┼┼┼┼┼ └─初瀬川─
┼┼┼┼┼┼┼┼┼┼▲▲▲
┼┼┼┼▲▲▲
金剛山巨勢山
┼┼┼┼┼┼┼┼┼┼┼多武峰
┼┼┼▲▲▲┼┼┼↑飛鳥
吉野川───────────

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