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■■■ 「古事記」解釈 [2021.6.7] ■■■
[157] 洲と嶋の違いが気になる
素人が「古事記」を自分の頭で色々と考えることができないのは致し方ないところがある。

現時点では、最古の倭文(非漢文の漢字表記文)であるとされているにもかかわらず、それに合わせた註がないからだ。
その一方で、漢文書「紀」の「記」該当箇所の説明には熱心そのもの。
このことは、どう説明しようと、「記」は「紀」の翻訳文と見なすようなもの。(他に手がかりが無いから仕方ないとはいえ、"「古事記」を史書と異なる意味を伝えようとしている書と考えてはならぬ。"、との強烈なイデオロギーで染め尽くされていると見て間違いない。その自覚は全く無さそうだが。)
しかも、「記紀」としての丁寧な解説が当たり前なので、両者混淆化が甚だしく、読者が漢字の使い方から文意あるいは暗喩等を想定する障害になっており、えらく厄介である。

一番残念なのは、表音漢字か表意訓の漢字かを見分けることができない点。
「萬葉集」のように、皆目わからない文章ではないから、翻訳者がどのような観点で判断したのか記載していないなら、専門家以外は現代文訳の方が有難い。
("本居宣長解釈ベース訓読みでよさそう。"とか、"それを変える要あり。"と言った点に関心を払うのは勉学生の世界とされているのだろう。…素人である小生は、もちろんのこと、「古事記傳」を読んだことが無いが。
尚、原註の訓読みは、「古事記」成立時に、すでに訓読みとして余り使われなくなっている言葉や擬音等に対してのものと見ている。従って、原註なき箇所での、文脈ありきの無理矢理臭い訓読みは間違っている可能性が高い。翻訳(訓読み)では意味不明にされることは無いので注意が必要である。そうなっているのは、なにか伝えたいことがあるかも知れないからだ。)


例えば、小生にとっては、気になる箇所がある。素人が解かる箇所と言ってよかろう。翻訳書で註が付く場所なのかは、調べていないのでわからないが。・・・
  @序文<天武天皇>
  御大八洲天皇御世
  @上巻本文<国生み>
  故因此八嶋先所生謂大八嶋國

但し、テキストが本当にこうなっていると、素人には判断のつけようがない。事典等では、「古事記」には伊予二名洲から始まって大日本豊秋津洲となっており、嶋でないことも多そうだからだ。
しかし、常識的には、公開されているテキスト全文で、上記のようになっているところから見て、序文と本文での漢字が異なっていたのは間違いないのではなかろうか。写字の際、簡略化で洲⇒州や嶋⇒島はあろうが、誰が見ても嶋≠洲であり、変換する必然性はなさそうに思うからだが。
  洲[=水+州[丶丶丶川:川の中州]]
  嶋/嶌[=山+鳥]⇒島

意味が通じそうにない漢字については、矢鱈に詳しく検討しておきながら、ここはなにも考慮せずに洲=嶋とするセンスはどうかと思う。
洲と嶋については、何の考慮もせず使用されていると考えるなら、「古事記」における漢字使用については場当たり的とみなしていることになるからだ。

思うに、洲は海に隔てられた大陸というような、大言壮語的なイメージ化された漢字。これをわざわざ持ち出して来て、実態としては小さな島嶼だが、それを払拭し、大陸に君臨する帝王支配の地として寿ぎたかったと考えるのが自然では。
漢字の原義はあくまでも川の中州の砂が積もって顕在化して成った地であり、まさにドンピシャ。

一方、嶋はこれとは違い、水に囲まれており、空飛ぶ鳥が行き付ける陸地とのイメージ。
従って、淤能碁呂嶋に洲を当て嵌めることはなかろう。
「古事記」は十分に推敲された作品として読まないと折角の価値を失うことになりかねまい。
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