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■■■ 「古事記」解釈 [2024.6.6] ■■■
[911] 32
突拍子もない想像に映る話を書く訳にもいかないので、事典類や専門家のレビュー的説明を参考にして記述する方針を貫いてきた。
しかし、本当のところは、納得しかねねるものが多く、多少の心苦しさがある。
その辺りをご説明するべく、以下の1例に触れておきたい。

もともと、なにがなにやらになりがちな(天神 or 地祇, 葛城 or 出雲,etc.)箇所だが、それを取り上げている訳ではない。・・・
㊤㋔大國主~⑨十七世~
   阿遅鉏高日子根命今謂迦毛大御~者也
㊤ ㋭火照命⑥以鵜羽爲葺草造產殿
   沖津鳥 鴨著く島に・・・
㊥ ❿御眞木入日子印惠命㊁意富多多泥古命
   此意富多多泥古命者【~君鴨君之祖】
  e.g.📖迦毛 加茂 賀茂はすべて鴨 📖"阿遲"とは"味"で䳑鴨のこと

問題は、鳥のカモである点。
烏・鵜(・燕・鶺鴒)や鶏・白鳥(大型カモ系)の様なモノトーン系か特別派手な色彩ならトーテム化するのは自然な流れに思えるが、鴨の風采はそこからかなり外れており違和感を覚えるからだ。
(尚、カリも歌に登場してくるが、これは所謂雁。中型の首長カモということになる。)
しかも、カモは大陸では古くから家禽化(アヒル)されており食の対象。しかし、神への捧げものとして重視された話は聞いたことがない。
それに、地場の鳥ではなく、冬季避寒の求飽食型渡り鳥。
常識的には、半島の付け根の鴨緑江以北の寒帯棲息で、中華帝国や半島の鳥ではないし、南下する以上半島経由に意味は薄く、漁労(鮭)と狩猟中心にならざるを得ない、極東の大陸ツングース族の地域から渡来していると見るしかなかろう。そこらの文化の香りを運んでくる鳥としてのイメージが貴ばれるとは考えにくいのでは。
一体、鴨トーテムの由来は何なんだ、との疑問が沸々と持ち上がってくる。
【表記文字】📖鳥崇拝時代のノスタルジー 鴨/𩿼,家鴨/鶩鶩 𪁨/𪁗 (鳧鳧 ⇒ 計里)

しかも、このカモだが、葛城辺りが本拠だとすれば、内陸水面(池・湖・川)棲息タイプを意味していそう。潜水探餌の内湾・河口タイプではないから、基本、夜行食餌となる。(住居域に近い水面の藻や水草が繁茂する場所に集まるし)月光下なら浮き鳥なので捕り易く、脂がのっているから(遠路帰還後即繁殖なので)極めて美味なのは間違いないが、主食でもないのに、果たして、それだけで神として崇めるものだろうか。
但し、鴨の生態を良く知っていれば、あり得ないことでもない。
渡来後すぐの歌垣的競争を一早く制し、♂♀番になって、帰還迄、絶対的な妻への愛を見せつけるからだ。これを褒めたたえていた可能性はあろう。倭の夫婦愛の基本形ということで。

カモの渡りのメインルートは、極北大陸(夏季棲息営巣地)⇒北海道⇒越⇒出雲⇒宗像だろう。この主流から枝分かれして大和地区へ向かうことに。


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