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■■■ 「酉陽雑俎」の面白さ 2017.5.11 ■■■

翻訳語としての天狗

「卷三 貝編」の、インド的宇宙観を感じさせる「刹那」という概念をとりあげたが、[→「時間感覚は幻想」]それに続いている6字しかない文章を取り上げてみよう。・・・

一千六百那為一迦那,倍六十名呼律多,倍三十日為一日夜。
夜義口煙為慧。 [巻三 貝編]

夜義となっているが、今村選定の原書版では夜叉である。インド神話渡来のyakkhaのこと。
その本義は食人鬼であるが、その口から出る煙烟が彗[=箒星]とされていると。

火の様な髪で藍色の肌の男として"野叉"の話が収載されているが、今村はこれも夜叉としている。[→「堕胎の説話」]
仏教では、護法善神の一尊(執金剛神や、薬師如来の十二神将)とされており、今村注によれば、「維摩経」の訳者である鳩摩羅什の注記に、3種類の夜叉が存在すると記載されていると。地、虚空、天である。おそらく、翻訳対象とした天竺文献に、夜叉が天に昇ろうとした結果、ごく僅かだけだが成功した者がおり、一部は中途半端で終わり虚空に留まっているが、ほとんどは地に居ると書いてあったのだろう。
天に到着して、時に、地に流星を落とすということになろう。

この文章に続くのが、天狗の話。

龍王身光曰憂流迦,此言天狗。
龍王の身光を憂流迦と呼び、それは天狗と言われてれる。

今村注によれば、中国では、憂流迦=梟/フクロウだそうな。一方、天狗=[翡翠]/カワセミとも。もちろん、ここでは、箒星に続く話であるから天体分野の用語と解釈すべしとなる訳で、「史記」天官の隕星を指す天狗と見るべきと。
天狗状如大奔星,有聲,其下止地類狗,所墮及炎火,望之如火光,炎炎沖天。

憂流迦(Ulka)はサンスクリット語の流星であり、それが天狗と翻訳されたようだ。星が流れる様子が狗のように感じたからなのだろうか。小生は、隕石を狗と考える方が自然な感じがするが。

出典はこちら。・・・
一切身分。光焔騰赫。見是相者。皆言憂流迦下(魏言天狗下)。
若其夜下。世人皆見。若晝下者。或見不見。下入大海。至彼法行大龍王所。

  [北魏 瞿曇般若流支 譯:「正法念處經」卷第十九@514年]

何故に、このような話をしているかと言えば、「山海経」では天狗は白首榴榴音の狸的獣[西山3系▲陰山]としているからだ。
これが、何故に彗/流星にかわったのだろうか。

"天狗食日 or 天狗食月"と同じようなもので、政治的必要性からだろうが、残念ながら理由はわからぬ。こちらは、郭沫若の著書の政治的宣伝と思ったが、伝承は各地にあるらしいから、そういうことでもないようだ。
"蟾蜍食月"ならまだしも、天狗の登場は、あまりにも唐突。9個の太陽を弓で射落とした后羿の伝説の変形版としか思えぬ。猟のお供が命で天に昇り、日食・月食現象をおこしてしまったとの作り話に映るが。ともあれ、流星だけでなく、日食月食のような現象は、天狗の凶行と説く人が多かったのだろう。

それにしても、日本の天狗のイメージとは全く違うが、どういうことなのだろう。

(参考邦訳) 段成式[今村与志雄 訳]:「酉陽雑俎」東洋文庫/平凡社 1980・・・訳と註のみで、原漢文は非掲載.

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