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■■■ 「酉陽雑俎」の面白さ 2017.7.10 ■■■

蟹観察三昧[3:特徴的な種]

おそらく、眺めていて気にいった蟹を書いているのだと思う。

最初は、ハサミに注目。・・・

【擁劍】,一螯極小,以大者鬥,小者食。

擁劍梭子蟹と呼ばれている種は、コ州の名物河蟹の類縁、つまり/ガザミ[俗称:渡蟹/ワタリガニ]の一種とされているようだ。
擁剣蟹仲間は色々あるから、いそうである。[→]

左右のハサミ[螯]の大きさの違いが矢鱈に目立つとなると、日本だと、ソリャ〜潮招/シオマネキに違いないとしたいところなのだが、この姿は明らかに砂蟹の進化形。地勢を考えると、大陸には馴染まないだろう。
武器が凄いヤツは闘争ばかりで、弱いのは喰われるという見方は、当たり前の話すぎて、ちっとも成式らしくない。シオマネキの場合、大きなハサミを振り回すのは雌獲得競争における偉大さの訴求とされているが、ガザミ系は実際に弱者を殺すのかも知れない。家に持ってこさせたら、共食いしていて驚いたということか。

それにしても、ハサミに関心を示すのは、成式くらいのものではなかろうか。

次は子供が一番知っている種。・・・

【寄居】,殼似蝸,一頭小蟹,一頭螺蛤也。
寄在殼間,常候蝸開出食。
螺欲合,遽入殼中。


寄居蟹とは、言うまでもなく、宿借/ヤドカリのこと。住み替えの方に注目するなら、干住屋と言うことになる。
殻を背負って歩いて移動するところから、成式は、カタツムリとの生態類似性が気になったのだろう。
家を背負って生きなければならぬ社会にいたのだから。
書きぶりからして、ひょっとしたら、成式先生飼っていたりして。そんなことが結構簡単な種だし。[→]

3つ目は、誰でも驚く事態を引き起こす種。
ドキュメンタリー映像には必ず使われるシーンだが、成式も実際見たことがあるのだと思う。ただ、それを騒ぐような人ではない。瑞兆かはたまた凶兆かと騒ぎたい御仁だらけの社会であり、報告しなかったとなると首が飛びかねない仕組みだったのだから。・・・

【數丸】,形似
竟取土各作丸,丸數滿三百而潮至。
一曰沙丸。


とは相手蟹/弁慶蟹らしい。[福建福州江流域の名物醤で知られる.]
それに似ていて○丸という名称がついているなら、その小蟹タイプと考えるのが自然。
雨後あるいは大潮の直後に、突如大集団で現れただけのこと。おそらく、この種は普段は夜行性の生活を送っているので、人目に触れなかっただけ。大きさから見て短期間の大発生ということではないだろう。
現代日本では、モスクガニの大量発生が時に話題になるが、天敵が消え、食料豊富なら、そのようなことは珍しい現象ではない。それに、生殖行為のために全員総集という種もある訳だし。

上記3種で終わりにしようかとも思ったのだが、冒頭譚の説明で""を持ち出してしまったので、もう1種加えておこう。・・・

】,大者長尺余,兩螯至強。
八月,能與虎鬥,虎不如。
隨大潮退殼,一退一長。


この語彙は一般的にはガザミだが、ココでは全く違う種ではないか、ということで。

ガザミの一番の特徴は2つのハサミではない。身体全体の形状も目立って違うのだが、なんといっても注目すべきは、一番下の脚の足の部分。どう見ても磯の歩行には不適。オール的に使って遊泳しようとの意図が見てとれる。生態的に一般の蟹とはかなり違うことが予想される。
そこから想像できる生活ぶりからすれば、虎との関係をしいてあげる理由が全く思いつかない。従って、コレはガザミではないと考える訳だ。

そうなると、どの種か。
その答は簡単。ハサミ[螯]の凄さが半端ではないというのだから。

これは陸上棲の椰子蟹以外にありえまい。1mクラスの大型でなく、まだまだ小さいネと軽視して扱うと、指をパチンと一発で切断されてしまうことがよくあるほど。
危険極まりないから、そんじょそこらの小型の獣はちょっかいさえ出せない。まさに、貫禄十分。

そんな強烈なパワーで、雄は雌獲得競争をせざるを得ないから、同じ大きさ同士での戦いは熾烈を究めると見てよいだろう。もちろん、雌以上のパワーがなければ、資格喪失の社会である。(8月に交接だが、その後、雌は卵を持ち続けたまま冬を越すのであろう。)

聞くところによると、幼体はもちろん海中棲だが、それを脱して陸上にあがり、最初はヤドカリ的に生活するとか。樹木や岩場も登れる力がつくと邪魔な家を棄てるのだろう。そこまで成長すると、下手に水に入ると溺れるそうだ。
夜行性ということもあり、生態はよくわかっていないようだが、脱皮は穴を掘って行う。海辺で行うことは無い。

しかし、大潮の時に、海辺に出向いて殻を開けるシーンはありえよう。波にさらわれると溺死するから、そんな場所には滅多に行かないが、産卵するにはそこしかない。

(参考邦訳) 段成式[今村与志雄 訳]:「酉陽雑俎」東洋文庫/平凡社 1980・・・訳と註のみで、原漢文は非掲載.

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