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■■■ 「酉陽雑俎」の面白さ 2017.10.10 ■■■

大根は夏の作物

なにげに、たった一行。・・・

王旻言:
 “蘿蓄根莖,並生熟涼。
  [續集卷十 支植下]

軽く検索しただけだと、"蘿蓄"という語彙は見当たらない。
"蓄"はいかにも根に栄養が蓄積される印象を与えるから、根菜類か芋を意味する用字で、"蘿"が当該植物のIDだと思われる。(版によっては"蓄"を"蔔"や"卜"に変えている。"卜"は流石に後世の改訂だろうが、どちらにしてもダイコンということになる。)

"蘿"が使われているのはこんなところ。・・・
 蘿蔔 or /大根 or 清白/Mooli or Japanese radish
 東北石松/ or 日陰鬘/Ground pine…巨大苔のような蔓性植物
 蘿/鏡芋/ガガイモ/Milkweed
 蒔蘿 or 洋茴香/イノンド/Dill…スモークサーモンにつくハーブで知られる。

こうなると、ダイコン以外に考えられまい。

「本草綱目」菜之一(葷菜類三十二種)には、その名前についてこんな解説が掲載されている。・・・

時珍曰: 按:…
《農書》言:一種四名:
 春曰破地錐,
 夏曰夏生,
 秋曰蘿蔔,
 冬曰土酥,…
珍按:乃根名,
 上古謂之蘆,
 中古轉為
 後世訛為蘿蔔,
 南人呼為蘿,與雹同


唐代は、ダイコンはもっぱら"蘆"と呼ばれていた可能性もあるが、それ以外の名称も使われていたと見てよさそう。特に、季節で根の出来具合が相当に違うことが認識されていたようだから、それに合わせた名称を使って当然だろう。つまり、重要な食材だったということ。

実際、現代でも、辛み大根という特別な栽培種でなくとも、夏モノにはかなりの辛みがあったりするもの。それで蕎麦を食するのはいかにも涼し気。
小生は大根の葉と茎も、蕪同様に大好き。これも炒めると上質の冷酒の摘みに最適である。
・・・といった感覚で、ダイコンの根と茎は"涼"であると言われている訳ではない。

玄宗に仕えた道士の王旻の名前がでているが、おそらく「山居録」の孫引き引用である。何故に、ダイコンに拘るかといえば、「太平廣記」巻七十二 道術二を見ればわかる。
太和先生王旻,得道者也。常游名山五嶽,…
學通内外,長於佛教。帝與貴妃楊氏旦夕禮謁,拜於床下,訪以道術,旻隨事教之。…
好勸人食蘆根葉,
 云:「久食功多力甚,養生之物也。」


蘿蔔/大根餅(茹で大根に澱粉を混ぜて蒸したものの表面を軽く油で焼いた点心)が今でも人気なのは、贅沢から遠い生活のこの人の時代にダイコン利用が大いに推奨されたからではないか。おそらく、麺の増量材としても多用された筈。
それほどにポピュラーな食材を成式がとりあげたのは、ダイコンの特質か気になったからでは。

季節を問わずに入手できるが、普通は冬の作物と見る場合が多い。しかし、違う意見もあるゾと指摘したかったのだろう。

道教的発想であれば、五性で食材を考える訳で、ダイコンはそのうちの"涼"であるとなれば、胡瓜等と同じで、これは暑い夏に適していると見なされる訳だ。
ただ、現代の五性の解説は、出典はわからぬが、ダイコンやゴボウは"涼"よりキツイ"寒"とされるのが普通。
ちなみに、冬はカボチャのような"温"が向き、ホットな香辛料が"熱"である。夏冬の中庸は"平"。

(参考邦訳) 段成式[今村与志雄 訳]:「酉陽雑俎」東洋文庫/平凡社 1980・・・訳と註のみで、原漢文は非掲載.

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