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2000.10.21
 
 


大学発ベンチャーの意識のズレ…

 大学からベンチャーを創出しようとの動きが目立ち始めた。賞賛の声もあがっており、ムードは上々。

 「学」の方から見るなら、これは新たな研究費が外部から数百億円流入することを意味する。しかも、独立法人化という声が聞こえていれば、「金」が入る仕組みをできるだけ早急につくる必要がある。魅力的な動きである。

 しかし、今の運営体制で成功するには、バリアを突破する必要がある。

 日本の大学の特徴は自己閉鎖性だ。一旦入学すると、その大学の枠内での学究生活を強いられる。教官の人事交流は例外的だし、学部卒はほとんどが同じ大学の大学院へ進む。海外留学も短期で、すぐに同じ所に戻ってくる。常に小さくまとまる文化風土のもとで、ベンチャーを推進するのだ。
 従って、利点もある。強い紐帯があるから、目的が一致すれば、動きは速い。本気になって産業化を進めればアウトプットはでやすい。
 だが、役に立つアウトプットが出るとは限らない。異質な文化を排除しがちだから、自分達のできる範囲内での挑戦だ。よその知恵を借りたり、異分野との融合はしにくい。自分の領域外に係わる新しいことを始めるのは苦手だ。今、チャンスがあるのはこうした領域だが、そのような取り組みを避ける体質がある。

 ビジネスチャンスは山のようにある。とてつもなく大きい市場が開けそうな分野も多い。産業界は、ここを狙いたいのである。企業は、社内シーズ不足から、こうした挑戦ができない状態に陥りつつある。大学に期待するのは、こうした動きの端緒である。こうしたニーズに応えるベンチャーが欲しいのだ。
 「端緒」と呼ぶのは、このような市場を狙うためには、研究開発テーマは大型化せざるを得ないからだ。しかも、基礎から応用まで一気に進む場合が多い。様々な技術や産業が絡む。他者の力を気軽に使える風土や、大きな取り組みができる仕組みなくして成功は難しい。

 大学の風土に染まれば、これとは正反対の動きになる可能性は高い。各先生方が、自分だけでできる、極く小さな産業応用を見つけることに注力しかねない。こうなれば、大成功しても、年商数千万円の企業が数百できるだけだ。

 期待しているのは、大産業の「端緒」となるようなキラリと光る小さなベンチャーだ。様々な分野から企業を呼び込み、大きな産業をつくれそうなシーズがどうしても欲しい。数多くの失敗があっても、ひとつでも大型が生まれれば大成功である。
 実は、「端緒」と見なせそうな技術もあるのだが、集中的な支援体制を作る動きはない。自己閉鎖的な仕組みを温存したい人達にとっては、こうした動きは危険なのだ。本来は、こうした「端緒」に賭けて、産・官・学で新産業創出の作り方のスキルを磨くことが、一番重要な筈だが・・・。


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