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2010.9.17
 
 

H1N1インフルエンザの教訓…

 2010年8月10日、WHOから、H1N1インフルエンザはポスト・パンデミック期に移行との発表があった。(1)
 予想に反して、この新型は軽微なものだった。おかげで、先進国はどこでもワクチンを大量に余らせてしまった。止むを得ないところ。

 まあ、よかった。というのは終息の話ではなく、日本の状況が少しは変わったに違いないからだ。

 一つは、対処の仕方。当初は、発熱外来という素人でも当たり前のことがすぐに用意できないというトンデモ体制だった。大騒ぎの御蔭で、どうやらまともに機能するようになったようである。
 もう一つは、ワクチン政策を変える切欠になったこと。
 古典的な有精卵を使う製造方式から転換する必要があることなど明らかだったのに、変更で問題が発生して叩かれることを恐れずっと放置していたのが、ようやく変わる。そして、副作用発生時の保障問題の曖昧さも解消されるようだ。

 と言っても、世界的視野では、発展途上国はどうするのだという大問題が残った。若者、妊婦、肥満者を除けば、軽症だったから、抗ウイルス薬でなんとかなった言うのは先進国の見方である。ワクチン無し、治療薬無しの国はどうするのかという問題はより鮮明になってしまった。

 ただ、こうした話はマスコミ的な関心であり、素人からすれば、対処の限界を思い知らされたパンデミックだった。これが一番の教訓。
 解析試料や罹患データは豊富に集まった筈だが、残念ながらそこから防衛に意味がありそうな新たな知見はほとんど得られなかったということ。

 特に問題なのは診断技術である。このインフルエンザは発熱と咳が診断のメルクマールにならなかったからである。感染者を素早く見つけて健常者と隔離することはできないのだ。簡易ウイルス検査結果を見て判断するしかないのだが、遅れれば抗ウイルス薬は効かない。この仕組みで対応できるものか、不安は残る。
 さらに厄介なのは、発熱が収まってからも、患者には長期間ウイルス感染能力があった点。要するに、人口稠密地帯では発症しなかったから患者数にカウントされていないだけで、実際は数多くの人が感染していることになる。軽微な疾病だからよかったが、重症疾病だったら、とんでもない惨禍を引き起こしていたことは間違いない。

 但し、日本の場合は、このようなことは実はどうでもよい。注意すべき点は、こうした類の情報が一般に伝わるようになっていないこと。
 個々人が自分の命は“自ら守る”のではなく、“お役所に守ってもらう”感覚だから、そうならざるを得ないのだが、大いに心配である。発生してみなければ“分からない”点は色々ある訳で、そのようなリスクを示唆しておかないと、イザ本番では、皆、どうすべきかわからずに右往左往となりかねまい。

 なにせ、遠からず、重症のH5N1鳥インフルエンザはやってくるのである。
 今回わかったように、過去と同様な挙動とは限らない訳で、準備した体制が不適の可能性もある。それは致し方ない。と言うか、その覚悟をしておくことが必要だろう。そして、そんな場合に断固たる措置は期待できないことも知っておいた方がよい。それがはっきりわかったのは、分野は違うが、口蹄疫騒動。政治家が率先して、家畜処分先送りや中止に注力するのである。予想と異なるパンデミックに対応できるどころの話ではない。
 WHO事務局長に日本出身者を選ばなかったのは当たり前かも。ご存知のように、当選したのは、香港で、有無を言わさず、鶏の即時全処分を命令した方である。

 間違えてはならないのは、H1N1が下火になったというだけで、H5N1鳥インフルエンザは収まったわけではない点。野鳥や家禽の死体でのウイルス発見も相変わらず続いているし、人口稠密なジャワ島とエジプトではヒトへの感染が止まらない。これが増えはじめそうなら黄色信号。(インターネットの時代、危険な兆候をいち早く知る方法を考えたらよさそうに思うが。)

 こんなことをついつい書いてしまったのは、米国政府の態度を耳にしたから。調べた訳ではないので、間違っている可能性もあるが、まあそうかも知れぬという気がした。海外駐在者に対しては、パンデミック時は、帰国支援どころか現地に留まることを推奨しているそうだし、大使館が備蓄抗ウイルス薬剤の配布も行わないという。
 多分、日本政府は全く逆の姿勢をとらざるを得まい。

 これで終わるのでは、気分が滅入るので、一文を引用して〆としたい。仏語だが、英語とたいして変わらないからおわかりになろう。学生時代に読んだことを思い出す方もいらっしゃるのでは。・・・
   “pour le malheur et l'enseignement des hommes,
    la peste reveillerait ses rats et les enverrait mourir dans une cite heu-reuse.”
     
[Albert Camus: “La Peste”(1947)]  http://classiques.uqac.ca/classiques/camus_albert/peste/la_peste.pdf

 --- 参照 ---
(1) 「新型インフルエンザのパンデミック終息を宣言=WHO事務局長」ロイター(2010年 08月 11日)
   http://jp.reuters.com/article/topNews/idJPJAPAN-16717620100810
(全般) “パンデミックインフルエンザの潮流”外岡立人
   http://homepage3.nifty.com/sank/jyouhou/BIRDFLU/index2.html
  


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