■■■■■ 2012.6.14 ■■■■■

  日本語に備わっている構想伝達力

ついつい「暗黙知」の話から、日本語の特徴へと広がってしまった。ただ、言っていることは単純。コミュニケーションの特徴を生かすと、3つの分野で、組織的に創造力を発揮し易くなりそうというだけのこと。もちろん理屈ではなく、体験的な感覚に基づく主張。どこまで正しいかはよくわからないが、役に立つかも。

感ずるところ3つありそうということ。
 (1) 気分と立ち位置の伝達能力が優れている。
 (2) 場の状況把握がたちどころにできる。
 (3) イメージを共有する際のバリアが低い。
このうち、(1)と(2)は、すでに述べてきた通り。ついでだから(3)も語っておこう。

日本語と西洋語の違いについて、視覚的v.s.聴覚的、あるいは抽象的v.s.具象的と見ることもできると指摘した。これは実践上、極めて重要なこと。

西洋語で状況を説明するとなると、明確に定義された言葉を用い、微細に情景を描かないと、なかなか伝わらない。手っ取り早く伝えるためには、全体構図がわかるような論理構造を相手にわからせることから出発する必要がある。そうでないと手間ばかりかかるし、先ず間違いなく誤解が生まれる。それに気付かないと、後でえらいことになる。
従って、論理的説明とプリゼンテーションの訓練は必須。これを怠ると、組織的にまとまって動けなくなったりする。

ところが、日本語の世界はこれとは違う。会話の前提に、組織構成員それぞれの立ち居地の確認があり、会話の場での共通関心事項がすぐに共有されるから、たとえ説明不足であっても、推定できる部分は各自が勝手に解釈してしまうのである。(それを「空気を読む」と呼ぶ人もいるが、曖昧な用語は避けた方がよい。)
こうした組織文化が固定化されていると、イメージの伝達がし易い。
言うまでもないが、視覚で認識するイメージを聴覚で理解する言葉で説明するのは極めて難しい。しかし、それを敢えて行わなければならないのが組織というもの。

例えば、企業ビジョンとか、新規事業の将来像という手のイメージ形成にあたっては、日本語でのコミュニケーションの方が楽である。なんとなくというか、曖昧なイメージでも、とりあえず皆で全体像を感じ合うことができるからだ。もし、それが腑に落ちるようなもので、なんとしても実現したいし、しなければ組織が存在する意味が無いという気になってきたら、細かく詰めればよいのである。
言うまでもないが、この手の内容は市場分析から生まれるものではなく、ヒトの英知から作り出すもの。ただ、それを組織的に生み出すのは並大抵なことではできかねる。日本語の世界だと、訓練された組織だと、以外なほどどれは簡単なことかも知れないのである。
もっとも、「空気を読む」ことが、誰かに追随する体質作りと同義になっている風土ではどうにもならない。喧々諤々の議論ができる、緊張感満ち溢れた風土の組織なら、皆の直観を素直に寄せ集めるだけでも、創造性豊かなイメージが生まれるもの。もし、それが皆の琴線に触れる部分があれば、組織はたちどころに活性化し、「暗黙知」に近いイメージが、たちどころに「形式知」に止揚されることになる。
多くの日本企業にとって、大変身は決して難しい話ではないのである。

(前回)
「空気を読む」スキルに根ざす「知」 (20120613)
日本語コミュニケーションと「知」 (20120612)
「暗黙知」について (20120610)


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