■■■■■ 2012.7.7 ■■■■■

  国会事故調の報告書で感じたこと

国会事故調(東京電力福島原子力発電所事故調査委員会)の報告書本編をスライド化すると646枚。全部眺めた訳ではないが、よくできていると感じた。
マスコミの恣意的なマッチポンプ報道が下火になれば、この報告書を使って、実践論者が本音でどうすべきか議論できそうと言うに過ぎないが。

その観点で特筆すべきは、職掌や、手続きといった、紙に書いてある制度云々でお茶を濁すような仕事を避けた点。関係した人々の姿勢がそのまま読み取れるのが有難い。それこそルポライターやゴーストライターものに近い素材。

これを踏まえて、今後どうすべきか議論するなら、問題を時間軸で分割する必要があろう。そうしないと、ごちゃ混ぜで何がなんだかわからなくなりそうだ。
(1-地震前A) 地震と津波による被害予測を踏まえた対応
(1-地震前B) 過酷事故発生時の対処訓練等への対応
(2-電源喪失後) 電源喪失で懸念される大事故阻止に向けた緊急対応
(3-溶融後) 溶融阻止できなかった後の対応

(1) 滅多に発生しない自然災害のような、万一の災害を考えた安全対策が先送りされていそうと、皆、薄々感じていたのでは。国会事故調のご指摘を待つまでもなく。
しかし、それが確認できたからと言って、どのように対処すべきかは自明ではないのが辛い。人々の生活に不可欠なサービスを提供する独占公益企業を「敵」と見なす、原発絶対阻止論者をまじえて実践的な話ができるとは思えないからだ。
もともと、瑣末な点への対処を優先せざるを得ない状況であり、面倒なことはすべて電力会社に押し付けてきたのが実情。その結果、特殊な風土ができあがってしまった訳で、ここから再出発と言っても、そう簡単な話ではなかろう。
なにせ、未だに、エネルギー政策は曖昧なまま。結局のところ惰性政治。原発廃止に踏み切ればどうなるか示して、そんな未来でよいのか選挙で問う気概もないのだからお話にならない。手抜き管理を黙認していたくせに、騒ぎになれば、いけしゃあしゃあと批判側に立つといった処世術だけの政治屋だらけだから、こういう結果を招くのである。残念ながら、今のところ、そんな姿勢が変わる兆しは無さそう。

(2) 現場と国の最高責任者の質で結果が左右される問題。現場はヒトもモノも欠乏状況で、できることは限られており、まさに、時間との勝負。そのなかでよくやったとの報告書のトーンは至極妥当。その一方、国の最高責任者が、なにを最優先すべきか全くわからなかったことがよくわかる。しかも、間に入る官僚や東電の体質もさっぱりわかっていないとくる。これでは、なにをしてもすべてピント外れに終わるのは致し方あるまい。もっとも、ご当人はそう思っていないから、お話にならないが。これでは、悪い方向にしか進まないのは致し方あるまい。自衛隊の最高指揮官でもあり、首相ができることは、いくらでもありそうなものだが、そんなオプションが検討された様子も皆無。国家的危機と認識していないことがよくわかる。

(3) 爆発後の対応は、日本社会の問題とも言えそう。官房長官は、パニック発生を避けることを第一義的に考えていたようだ。そうなれば、すべての動きはその方針に沿ったものになる。マスコミも協力に吝かではないから、政府の指示に従えモード一色にならざるを得ない。そんな状況では、「早く逃げろ」式メッセージが出される訳がない。言論統制の独裁国とほとんど同じ。だが、そんな事態をマズイと考える人はおそらく少ない。


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