■■■■■ 2012.11.23 ■■■■■

  いかにも恣意的と感じさせる研究例

5カ国の動物園などで暮らす500頭以上のチンパンジーとオランウータンを対象として、ベテラン飼育員に、担当する動物の幸福度を尋ねるアンケート調査を行ったそうである。
検討目的や手法は論文をみていないのでわからないが、霊長類の社会的交流に対する姿勢を見ようという試みのようである。
そのなかに、飼育されている動物の気持ちを想像して、幸福度を答える質問も含めたそうだ。

その結果によると、寿命の半ばで最低になり、高齢になると再び上昇するという。人間でも同様な研究結果が報告されているから、人間とその他の霊長類に同じような現象があるのでは、ということらしい。

もし、なんの工夫もない単純質問の集計結果だとしたら、これほど馬鹿げた研究は無いのでは。
飼育動物が成長して中年になれば、それが家畜でない限り、飼育担当者が「可愛そうな状態」に陥っていると見るのは当たり前。そして、行動がおだやかになる老齢動物は、「イライラしなくなって気分がよさそう」と感じない訳があるまい。そんな、わかりきったことを確認して、はたしてどんな意味があるのだろうか。
それに、チンパンジーやオラウータンは、霊長類といっても、言葉を発する機構を持たないだけで、ほとんどヒト科の動物。日々接している飼育担当者の感情に大きく左右される筈。第三者が観察するならまだしも、そんな情報を集めて意味があるとは思えぬが。

そもそも、ヒトを対象にした単純質問形式の調査も同じようにナンセンス極まりない。ただ、こちらは、社会の安定を図るという観点では極めて重要な指標である。
この場合、幸福度は相対的スケールで計測することになるから、比較すべき対象というか、基準をどう設定するかが問題となる。調査目的によって、変わるということ。年齢で比較する場合は、普通は同一文化圏と見なせるような母集団で考えることになるのではなかろうか。と言うのは、「中年の危機」の社会もあれは、「老年の危機」、「若年層の危機」が明らかな社会もあり得るからだ。そんなことは、わかりきったことではないかと思うが、この研究のように、それを一気に一般論にしたい研究者もいる訳である。

まあ、そういう訳で、素人からすれば、この手のお話は恣意的な研究の類にしか映らないのである。ちょっと考えれば、すぐに、どこかおかしいと気付くからだ。
例えば、姥捨て山ルールの社会を考えればよかろう。死に行く高齢者は使命感に燃えており「幸福度」は最高だが、捨てに行く中年の息子の方は最低の「幸福度」と見るなら別だが。
あるいは、聖戦に出向く仲間を英雄視する若者が溢れている状態でもよい。彼等より中年の方が将来の絶望感がひどく、「幸福度」が低い訳かな。
これらを例外的事象と言う無かれ。
宗教的見方を好むのか、科学的見方を貫きたいかの違いである。

この研究者は、人生や将来に対する絶望、不満が中年に集中するという見方をとっているらしいが、それは自分が住んでいる社会が「たまたま」そうなっているからにすぎない。
一般に自由度が低い社会とは、若者を無理矢理型に嵌める仕組みが完成しているもの。その結果、若者に閉塞感が満ち溢れているのが普通。そんな社会は珍しくない。にもかかわらず、そんな状態で、若者が中年より幸福度が高いと感じているとしたら異常な社会とはいえまいか。
その極限状態がカルト組織。たいていは若者が溢れ、全員幸福感に酔いしれるのである。

何を言いたいかおわかりだろうか。
カルト社会では、幸福度は、支配者によって一義的に決められてしまうのである。そして、信者だけが、幸福に満ち溢れ、非信者は不幸な状態から抜け出せないことになる。
飼育担当者とは、ご本人はなんと思っているか知らぬが、全権力を握る支配者以外のなにものでもない。その人が決める幸福度の尺度で、被支配者の幸福度を見ること自体おかしいと思わないのかネ。しかも、無理矢理監禁されている異常状態下でだ。

もっとも、今や、そのどこがおかしいのか、と言われかねない時代。
一例をあげようか。
国外情報が入らないように壁をつくり、国民の寿命は短く、貧困だらけのままにしておいて、排他的な民族主義を貫くという国を褒めたたえる人は少なくないのが実情。その国の為政者が「幸福度」ナンバーワンを目指すと称していたからだ。驚くことに、こうした考え方こそがこれからの時代を切り拓く革新的思想であり、日本も見習うべしという人は少なくないのである。

(記事) 類人猿も“中年の危機”を経験 by Amanda Fiegl November 20, 2012 National Geographic News


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