■■■■■ 2012.12.29 ■■■■■

  南瓜の呼び名を考えてみた

カボチャはカンボジアから渡来ということで名付けられたと教えてもらうが、結構、雑な説明である。
どこまで史実なのか素人にはわからぬが、1542年、ポルトガルの宣教師が豊後の大友宗麟に献上したのが初とされているようだ。おそらく、菊座の凸凹表皮で縦溝の黒皮タイプ。正式名称と言ってよいのかわからぬが、「カンボジアの瓜」(カmボチャ・aボーブラ)として伝わったのである。
従って、豊後はもちろんのこと、九州一帯は「カボチャ」と呼ばずに「ボーブラ」と呼んでいたのである。当たり前だが、瓜と呼ばれているが、とてもそのような代物とは思えない形状。トンデモ瓜という風情で称された名称。西瓜に対して、南瓜とは、言いえて妙。

それでは、何故、カボチャと呼ぶことになったのか。
それは、「ボーブラ」とは別な品種が同時に渡来したから。緑色で表面は滑らかタイプ。コレは確かに瓜だネといった形状なので、当然ながら、「カmボチャ瓜」と呼ばれた訳である。とは言え、瓜とは一寸違うので、結局、「カボチャ」と呼ふことになるのは致し方ない。音から言えば、「棒ぶらり」の方が形状に合っているが、「ボーブラ」は日本語ではないから致し方ない。

近畿一帯では、「ナンキン」と呼んだりするが、これは「南京カボチャ」ではなく、本来は「南京ボーブラ」ということになる。瓢箪形とユニークさがウリの、伝統京野菜 鹿ケ谷南瓜にしても、表皮は黒系色で縦溝のボツボツが基本。別名の「おかぼ」は、ボーブラを示唆していると見てよいのでは。

ところが、ここに、変わった名称が突如登場する。「トーナス」である。江戸からその北側一帯に残っている言い方。飛び地的に、津軽や備前の一部等にも。もちろん、唐茄子のこと。
これは、「カmボチャ瓜」の小型変種で熟れると黄色になるものを指していそう。形は確かに茄子。珍しモノ好きの江戸っ子にうけ大流行したと思われる。当時は、「カボチャ」は興味の範囲外だったのである。

さて、それがなんで「カボチャ」になったか。
それは、西洋型が入ってきて状況が一変したため。縦溝の黒皮ゴツゴツタイプとは違うのである。従って、「ボーブラ」と呼ぶ訳にいかず、これは「カボチャ」に相違なしとなった。
そして、アッと言う間に、西洋種が東洋種というか日本種を凌駕してしまった。その結果、「ボーブラ」はマイナー品種となり、しかも西洋種の品種改良が進み、「ボーブラ」様も登場するに至る。こうなれば、この手の野菜はすべて「カボチャ」と称する以外に手はなかろう。

尚、沖縄料理では、カボチャと言えば、もっぱら西洋種の「えびす」のようだが、島野菜としてチンクヮーとナンクヮーが存在している。おそらく、言い方が2種類あるのでなく、別タイプ。前者が縦筋タイプの「ボーブラ」で、後者がツルツル皮タイプの「カmボチャ瓜」相当品種。奄美や徳之島にも島かぼちゃがあり、様々な形があるそうだ。こちらでの呼び方は「トーチブル」。ベージュ色の釣り鐘型が古い種ではないかと思うが、菊座の扁平モノもあり、そんな違いを特に気にする文化ではなさそう。と言うか、そもそも市場を形成する気がないため、自家用中心ということではなかろうか。どこの御宅のお庭でも簡単に育つのかも。

(ご注意) いい加減なシナリオに過ぎません。下記の本の記載内容に忠実に従っていませんのであしからず。

(本) 佐藤亮一 監修:「お国ことばを知る 方言の地図帳」(「方言の読本」増補改定版) 小学館 2002年
(当サイト過去記載) 南瓜の話 [2007.7.24]


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