■■■■■ 2013.7.1 ■■■■■

  イランでは、もともと独裁政治が当たり前

インターネットのお陰で、何時でも無料で様々な情報に接することができるようになった。今や、素人でも、その気になればかなりのことがわかる。各国の風土というか、国家観についてなど、その典型ではなかろうか。この国はどうしてこんな姿勢を見せるのか、自分の頭で考えれば、そのうちなんとなくわかってくるもの。それは、よく知られた方の解説とはずいぶんと違っていたりする。今迄、トンデモない見方をしていたのに突如気付かされる一瞬である。

シリア問題で、ロシアをとりあげたので、→[2013.6.29] 悪の枢軸と呼ばれるイランについても触れておこう。

言うまでもないが、イランのアイデンティティとは、ペルシア語とシーア派。どちらも、国家的にはイランのみ。ただ、いかにも屈折している感じを受けるのはペルシアと言わない点。口にはださないものの、印欧語族の発祥たるアーリア人の正統な末裔として認めよということでは。しかし、現実はその逆。アラブとは文化的に全く異なるにもかかわらず、一般の人が持つイランのイメージはアラブと同様の、イスラム教の中東の国でしかない。

だが、それも当然。そのイメージは現実に即しているからだ。なにせ、イランとシリアのアサド政権はほぼ軍事同盟国的状態なのだから。シーアの分派だからとされるが、中東とは宗教セクト対立や部族対立が激しいので、両者の都合でこうなったと見た方がよさそう。ただ、レバノンやパレスチナのシーア派武装勢力も戦闘に参加しているし、イラク最大勢力のシーア派もシリアには"借り"があるから、米国がアサド政権打倒に動けば、黙っている筈もなく、一帯は火の海状態になろう。

「民主化」を金科玉条の如く掲げる米国にとっては、アサド政権-ロシア-イラン-レバノン/パレスチナ内のシーア派武装勢力の動きは許しがたい存在に映るだろうが、そもそも中東で専制政治を止めさせようという発想が現実離れしてはいないか。

まあ、それでも、マルクス主義の仮面を被ったソビエトよりはまともな主張である。階級闘争というが、ロシアでの実態は、知識人撲滅運動だったし、少数民族の強引な分断によるロシア民族支配でしかなかったのは明らか。
そもそも、マルクス主義の根幹でもある階級闘争観自体が余りに観念論すぎる。現実に対処しようとすればほとんど意味がない概念でしかないからだ。ペルシア/イランに当てはめたらとても説明できまい。貴族層が存在しているようにも見えないのに、昔から、大国を形作ってきたからである。しかも、支配者の出自は様々だし。

それを上手く説明しようと思ったら、ペルシア民族とは「専制国家」好きというか、国家とはそういうものと考えている人達の集まりとしか言えないのでは。西欧的な民主主義の観念ももちろん流入してはいるが、それに染まっているのは都市の上澄み層だけではないのか。

従って、大統領が、改革派の現実主義者か、保守派の原理主義者かなど、注目に値するようなものではなかろう。独裁者が治める国なのだから。大統領とはあくまでもその意向に沿って動く歩兵にすぎまい。


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