■■■■■ 2013.9.20 ■■■■■

コルク栓黴臭問題での雑感

ヒトの臭覚とは不可思議なもの。新聞記事を読んでいて、つくづくそう感じた。

コルク栓の黴臭がワインに移ってしまった「大当たり」品があることは、結構知られている。レストランなら変えてもらえるが、大枚はたいてそうなれば、なんとも言い難しだから。
その原因は解明済み。木材に残っていた僅かの殺菌剤を細菌が変成した成分が悪さしているのである。TCAと呼ばれる物質だ。[3塩素化されたフェノール(水酸基"OH"が付くベンゼン環)の水酸基が"O-メチル"化]

化学品の名称はともかく、この現象をご存知の方は少なくない。 ただ、これがオフフレーバーの領域となると、知る人ぞ知るの世界に変わってしまう。専門家以外はなかなか理解し難い話になってしまう訳である。さらに、分子生化学となれば、一般人にはほぼお手上げ。 でも、そこを乗り越えて、感受性を働かせて読むと、それなりの面白さが生まれるもの。

報道によれば、この物質は臭気そのものとして働くのではないそうだ。細胞膜上で臭気分子を受け取る嗅細胞に付着し、その機能を働かせなくするという。要するに、臭い感覚が麻痺させられる訳だ。
軽く書いてあるが、こんな単純な構造の物質が、特殊な影響を与えるのだから、まだまだ未知のことはありそう。

記事には書いてないが、確か、ヒトのTCAの感知レベルはppt(1兆分の1)域である。そうそう簡単に機器分析できるような代物ではないと言うこと。多分、20pptもあればコリャ臭くてアカンとなる。
ちなみにアンモニア臭など確かppm域。臭くて逃げ出すが、恐ろしく鈍い反応。高濃度ガス噴出なら別だが、自然界では滅多に死ぬことは無いということだろう。
ところが、TCAに対しては矢鱈敏感とくる。何故に、この物資だけに対して、尖った探知能力が必要なのか腑におちなかったが、そういうことかと妙に納得。要するに、感覚器官の土台である機構そのものを揺るがす物質が存在しているだけの話。ソリャ、超微量で即反応しなければ、大変なことになりかねないから当然だろう。

何故にこんなことが気になるかと言えば、臭気でもないのに、頭は「黴臭い」と判定しているからだ。
つまり、「黴」とは極めて危険なものとの概念が脳味噌に出来上がっていることになる。鼠が猫の臭気で一目散に逃げるとか、犬がイヌ嫌いの人がアドレナリンを出していることを臭気から感じて突然敵意を示すようなもの。
だが、それに反して、成人になると、「黴」食品を喜んで食べるのが普通。滋養豊かで長生きの素でもあるから当然の姿勢だが、よく考えれば画期的な振る舞いと言えよう。これこそヒトの知恵の結晶そのもの。
つまり、ヒトに親和性ある黴と、敵対的な黴を見分ける術を持ったことになる。その力を与えたのは、臭覚だったということになるのかも。

ヒトの感覚器官で脳幹から分岐しないのは、嗅神経と視神経だけ。両者ともに脳の一部分という見方もできる訳である。
だが、ヒトの場合は、視覚に矢鱈に注力しているから、嗅覚機能はかなり退化した状態と見られている。でも、それはセンサーをはしょっただけでは。臭覚器官からの出力をイメージ化し、パターン認識する情報処理能力の方は、磨きに磨いた可能性もありそう。
もっとも、センサーがすぐに疲れてしまうから、一瞬の判断しかできかねる訳だが。

(記事)
ワイン「まずい」、劣化物質が嗅覚乱す 阪大 2013/9/17 4:00 [共同]日経
(この領域は結構解明されたと思っていたのだが、・・・)
2004年のノーベル生理学・医学賞はリチャード・アクセルとリンダ・バックの嗅覚受容体の研究


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