■■■ 「說文解字」「爾雅」検討[時間軸]■■■
全く異なる出自の3書を並べたりすれば、前2書を後者が辞書として使ったという風な話になると見られてしまうかも。・・・
「爾雅」…文字分類は論理性を欠くものの、
   詩作の参考図書としては極めて有用そうな、
   単語ピックアップ型字義書。
「說文解字」…漢字を網羅的に収集し、
   厳格に字形で分類した目録書。
「古事記」…口誦倭語「帝紀」/「旧辞」の
   漢字表記化文書。

但し、3書とも、その内容の肝は、時間軸的に相当な過去に属する言葉を、執筆時点の今言葉で表現しているという点では全く同じ。
<過去>と書くのは簡単だが、時の流れの切り分け方はいくらでもあり、模倣するだけなら誰でもできるが、安易に決めることができる訳ではない。と言っても、未来の流れと同じように、長期・中期・短期といった区分を導入したくなるだろうから、この区切りをどの時点にしたらよいか考えることになる。
分析すれば分けられるという性質のものではなく、長期・中期・短期にあたる期間の概念を創る必要があるので、かなり高度な知的作業が必要。(それこそ、エネルギー源を考えるなら1世代期間など中期でしかないが、為替ディーラーなら3年でも長期だろう。それなら、長期はどう定義されるのか、ということになる。これが出来ない人同士で議論することが多いから、長期と短期ゴチャ混ぜの訳のわからぬ議論になってしまうのが普通。)

歴史書とされることが多い古事記」で考えると、3巻編成にすることで時間軸の区切りを明確に示していることがわかる。
…この構成は<序文(漢文)+上[神] 中[神的人] 下[人]>と見なすことになっているらしい。便利な見方だが、上巻には非人格~だけでなく、人格~が登場するし、初代天皇の即位前譚も収録されており、内容解説としては不適。言うまでもないが、中巻からは天皇制の巻である。
「古事記」は国史編纂とほぼ並行的に成立した勅命書である以上、歴史書とはみなせない。と言っても、幹は皇統譜。但し、この系譜に連繋している200もの枝氏族祖と、非属の出雲系氏族の系譜も記載してある点が特徴。このことは、祭祀で伝承されて来た、系譜とその関連事績からなる口誦叙事詩を文字化した書と考えるのが自然。

說文解字」の場合、叙を読むと、文字種の解説があるので、連続的な時間軸上で様々な文字が順次創られ続けて来たと見なしていると誤解しがち。
部首所属文字の字義は今文字(@漢王朝代)での解説。一方、検討対象文字は始皇帝代の小篆なので、時間軸は極めて明瞭簡潔。ただ、文字によっては、さらなる古字の存在を指摘してい場合がある。・・・つまり、「古事記」同様、時間軸上で3つの概念を確立していることになろう。
このことは、古字と小篆を連続的に見ていないことを意味する。つまり、「說文解字」で記載されている字義とは、あくまでも小篆。時間軸上でそれより古い文字がある、その字義が異なっていようが、これこそが<漢字>字体に基づく原義という見方。(文字の始原は、王朝の高級官僚が発明した象形記号。しかし、その字義は原義では無いとの立場。)

原<漢字>とは、帝国官僚によって規格化(当たり前だが、字義も字体も。)され強制的に使用さたもの。それ以前の文字の発展形ではあるものの、ズルズルと引き継いでなんとなく成立に至った訳ではない。
しかし、一旦、その帝国が解体されてしまえば、字義も字体も自動的に全方位的に拡散していくことに。従って、帝国化の道を邁進する漢王朝としては、小篆のシステムを全面的に見習うことになるのは必然。そうして官僚によって規定し直されたのが今<漢字>。(こうした経緯からして、多義・異体をある程度容認せざるを得なくなる。)
時間軸的には、元、原、今の3つを峻別していることになる。

この2書と比べると、「爾雅」は、漢字の多義化様相を示しただけの字書に映る。しかし、たったそれだけのことでも、詩作の際の代替文字探しには超便利。今文字に対応する、古文字を中心とする類似字義文字一覧表を提示しているようなもの。
しかし、それだからこそ、儒教の基本経典と認定されたとも言えよう。詩経を核とする経典類で使用されている文字の字義確定の必須図書と見なされることになったため。
このことは、時間軸上では、今<漢字>と、経典の古<漢字>という仕訳がなされていることになろう。(「史記」の時間軸区切りは王朝で、今と古との概念しかなさそう。)
  

     

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