■■■ 「說文解字」「爾雅」検討[13k釋草]■■■
「爾雅」釋草には<杜 土鹵>が収録されている。杜衡…ウスバサイシン[薄葉細辛]と見なしたが、アイスプラントの如くに塩分隔離細胞が葉の表面についている手の草ではない。中国原産で、じめじめした比較的高地性の腐食土壌に生える辛味の薄葉を持つ葵系の根部薬用植物。(毒性があるから、重篤者への微量使用効果で知られていたと見る。)
さて、この鹵だが、「說文解字」では塩池の名称。但し、西方所在で、東方は㡿(→斥)と呼ばれている、と。

多分、当時、この3箇所が知られていた筈。
  安定郡鹵縣(寧夏回族自治區固原市)
  代郡鹵城縣(河北蔚縣)
  解池/運城鹽湖(西接黄河@山西省運城市)
塩としては、倭国なら潮汐地の藻塩ということになろうが、大陸では海塩が大きな役割を果たして来たものの、塩湖も王朝にとっては重要な経営資源だったことは言うまでもない。
特に、解池は規模が大きく夏王朝の隣接地であり権力維持の切り札だった可能性が高い。しかし、汚染や黄河との関係があり、塩生産で優位という訳にはいかない点では難儀の地。
従って、西の鹵縣の塩にも早々と目を向けていておかしくない。秦王朝官僚からすれば、塩湖と言えば、すでに鹵縣だったということのようだ。

ところで、この字体だが、白川論では、塩を盛った籠状の器とする。
⊠に4点が入り上部に├がついている字形であり、甲骨だと外格は□が丸味を佩びて上部に線が伸びる形。いかにも梱包形状。それが地名となったのかの妥当性は別として。
一方、「說文解字」はどうしても西に拘らざるを得ない。シナリオ上、容器の系譜文字と認定する訳にはいかないからだ。
 巻十一   巻十二
 水┬→龍→飛→𠃉[玄鳥]→西[鳥在巢上]→鹵[西方鹹地]→鹽┤
 │└→燕┤
 │
 └→沝𡿨永谷雨魚
  

     

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