■■■ 「說文解字」「爾雅」検討[14d釋木]■■■
天竺での宗教や神話での、"木”の大きな役割は人々に場を提供することのようだが、降雨や日射から防御してくれることの有難さは何物にも代えがたいだろうと想像がつく。そこらが聖樹の原点かも。
一方、海人系社会だと、先ずは舟材(楠/樟)では。
そうなると、風土が異なる中華帝国に於ける"木”の扱いはどうなっているのか気になる。
(両書非収録文字。「古事記」では鳥之石楠船神。)

インターナショナルには、蚕の地であるから、すでに見た"桑"ということになるかも知れない。もっとも、絹生産圏外では果木として見られるようで、アダム&イヴでなくとも特別な扱いされていたりするようだが。「說文解字」でも、≪木≫部文字では<果>は目立つから、農耕社会以前の経済からすると、そこらを重視していた様にも思えてくる。しかし、文字を標準化したのは始皇帝代の官僚層であるから、デザートとしての果への関心は高かったろうが、"果木”が代表とは思えない。

"木"を種で眺めるなら、主眼は、なんといっても材。
すでに、珍木・銘木を求める王朝政治が樹立されていたのだから。
 秦始皇起升明台 窮<四方之珍木> 搜天下之工
 南得烟丘碧桂 麗水然沙 賁都朱泥 雲岡素竹
 東得葱巒錦柏 縹オ龍杉 雲梓 寒河星柘
 西得漏海浮金 狼淵羽壁 滌嶂霞素 ゥ阜乾漆
    陰阪文杞 褰流K魄 暗海香瓊 瑤异是集

  [「太平御覽」卷一百七十八 居處部六 臺下]
唐代の博物学書「酉陽雑俎」を読むと、すでに立派な植物園が存在しており、始皇帝による文字標準化の時点ですでに文化的に成熟した支配階層の社会が出来上がっていたと考えてよさそう。

そうなると、兵馬俑にご執心なのだから、"木”の代表は<松 柏>しかあるまい。
 君<>槨 大夫<>槨 士雜木槨  [「禮記」喪大記]
  松:木
  樠:松心木
  檜:柏葉松身
  樅:松葉柏身
  柏:鞠
倭国固有品種 高野槇の同等材は発掘されていない。
埋葬型用材であれば加工し易い杉系が入って来てもおかしくないが、その手の材は重要と見なされてはいなかったのだろう。
香木的でもある桂は、特定の建造物用材だった可能性が高い。(主用途はシナモンスティック的な薬。桂皮 肉桂 桂心は薬用の若枝/細枝/大枝や根等の部位処理品名だろう。数メートルの樹木なので、幹は材として使われて当然。)
  梫 木桂 桂:江南木 百藥之長 梫:桂

松樠檜樅柏も言ってみれば、五建材では。ただ、専門官僚が認定されれば、建造物の目的毎の分類と、様式の決まり事が措定されて、部材用語が整備され、それに合わせて使用材の樹種も決められていた筈。内部文書だろうから残存してはいないだろうが。その一方で、皇帝に注目される必要性から、特殊設計も行われているだろうから、そうした特殊例は伝承されている可能性が高く、一般的用材の規定とは違うかも知れない。(「山海經」は樹種記載が豊富だが、山脈群的の土着的邑からの情報を集めた地誌なので、ローカル用法も多い筈で、吟味の要あり。)

官僚統治帝国である以上、材に対する公定評価がヒエラルキー社会の規律と結びつかざるを得ない。"木"の名称はその核だろう。従って、それぞれの部署で厳密な定義付けがなされていた筈。勝手に呼名をつけたりすれば、重罪人とされること必定。しかし、王朝毎に改訂があっておかしくないから、名称から樹種を同定するのは極めて厄介。
そんな変化が少なさそうなのは武器系だが、王朝毎に強烈なこだわりがあって当然。
 凡攻木之工七・・・攻木之工:輪 輿 弓 廬 匠 車 梓・・・
 弓人為弓・・・
 凡取干之道七:<
>為上 <>次之 <檿桑>次之 <>次之 <木瓜>次之 <>次之 <>為下
   [「周禮」冬官考工記]
楽器についても、"琴瑟"用に植え、準備怠らず。
 定之方中 作于楚宮 揆之以日 作于楚室 樹之<榛栗 椅桐梓漆> 爰伐"琴瑟"
 升彼虛矣 以望楚矣 望楚與堂 景山與京 降觀于桑 卜云其吉 終然允臧
 靈雨既零 命彼倌人 星言夙駕 說于桑田 匪直也人 秉心塞淵 騋牝三千

   [「詩經」國風 鄘風 定之方中]

釋木の読みが難しいことの象徴は<楢>文字が収載されていない点に集約されている。
それに、どの手の用材かわかる情報を一切省いているので、各"木"のプロフィール推定はできない。その様な知識は詩では無用ということかも。
「說文解字」では説明が付いている木があるのと対照的。
   楷:木 孔子冢蓋樹之者
   樿:木 可以爲櫛
   椲:木 可屈爲杅者
   楢:柔木 工官以爲耎輪
   槭:木 可作大車輮
   枋:木 可作車 橿:枋
   櫅:木 可以爲大車軸
   𣚍:梓屬 大者可爲棺椁 小者可爲弓材
   桔:桔梗 藥名
   椵:木 可作牀几
   枸:木 可爲醬 出蜀
   樗:木 以其皮裹松脂
   梤:香木
   𣛺:木 可爲杖
   桅:黃木 可染者
   𣖼:大木 可爲鉏柄
   椶:栟櫚 可作萆 (萆:雨衣)

亜熱帯モンスーン地域ではないから、柳類はかなり様々な用途で用いられていた可能性があろう。
    【柳 楊】
  楥 柜柳 ⇒楓楊/櫸柳      ≪木≫部 {楥:履法}のみ
  檉 河柳 ⇒檉柳/垂絲柳    ≪木≫部 {ditto.}のみ
  旄 澤柳 ⇒旱
  楊 蒲柳 ⇒ditto.(川/水楊)  ≪木≫部 {楊:木} {桺:小楊}
     "黃楊" "白楊"を非収載にした理由がわからない。

  桑 柳醜 條

ここまで書いて来て、最重要な材に全く触れられていない、とするのは気が引けるが致し方ない。それは、公的書木簡の材。どういう訳か断片的情報しか見つからない。

尚、ついでながら、一言付け足し。・・・「說文解字」「爾雅」の対象年代の差は小さなものではなく、大規模伐採によって樹木相が一変していておかしくない。ここらも、推定を難しくする要因になっている。
  

     

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