■■■ 「說文解字」「爾雅」検討[19eaaa釋畜]■■■
色について見て来たが、装飾語が付属して色の表現がなされることが多い。その辺りについてまとめてみたが、専用の概念が形成されず、色とは無関係な見方の転用でしかないし、用語のバラエティ化も進んでいない。漢語の色[顔气]とはもっぱら糸(織物)と玉ということのようだ。

--- 明度系用語 --- "あか" v.s. "くら"@倭語
[照]/(明[n.a.])⇔暗[日無光] 闇[閉門]
[不深]/(浅[n.a.])/竊[淺]⇔深[水⊂出]
[n.a.]⇔鶕[n.a.]

--- 彩度系用語 ---
[露多]/盛[黍稷在器中以祀者]⇔薄[林薄]/淡[薄味]
[水⊂出]⇔澄[n.a.]
雜/斑/(不純)⇔純[絲]/正/真/(不雜)
甚⇔微
[不鮮]⇔鮮[-魚名-] 黊:鮮明黃

--- 評価系用語 ---
[美]/豔[好而長]⇔([不平於心])/惡
[n.a.]/潔[瀞]⇔汚[n.a.]
大⇔小

(附記)
一般には、色覚学的にKblack-白whiteが色概念の出発点の2色とされているようだが、倭人の場合、明らかに、白黒から出発していない。事実を無視した恣意的な解釈。
(明暗は明度であって色ではないというのが現代常識だが、倭語では赤Kの語源なのは確実だから、これにも当て嵌まらない。青blue-白whiteに当てている、"あお"と"しろ"という言葉も色とは元義が異なる概念と見た方がよいだろう。)
さらに、茶teaとか橙orangeといった植物が、古代日本列島に普通に存在していたとは思えず、色的に類似な植物に着目していた形跡もないから、こうした文字が意味する色を基本色と考えるのにも無理があろう。
(「古事記」には桃peachがあり、桃色pinkとして確定していた筈。)要するに、基本色という発想自体が特定文化圏内でのみ通用する反普遍的かつ反科学的な発想ということになろう。(言うまでもないが、現代産業技術における色覚学に基づいた基本色とは、物理的分析と認識科学をベースとした概念であり、言葉での社会的表現の世界とは次元が異なる。)
「說文解字」は、文字に於ける、色の原義を明確に記載しており、そこらを十分認識した上での編纂書と見てよさそう。

ついでながら、秀逸なのは、常用文字たる"深"や"濁"の原義を<水⊂出〜>と記述し、水riverの名称としている点。抽象用語とは、具体性ある対象の特徴の比喩的表現であるとはっきり書いているに等しい。これが漢語の本質と主張しているとも言える。

川の名称自体はほとんどが流域勢力の伝統的呼び名name。王朝官僚は、この文字表記を規定化しただけ。これが原義<水⊂出〜>。
この文字の1つが"深"。deepとは、後から付いた意味と見なしていることになろう。
・・・ここは結構重要な点。<英語deep><倭語ふか-><"音"シン><中央官語…><楚語…>等々も同様に単なる音声表現。これらを統一的に表音記号で書けばなんらの一致点も無いが、中華帝国文化圏に属する(漢字使用)なら、皆同列。<英語deep><倭語ふか->とは、ユーラシア大陸の東西端に位置する地域での漢字「読み方」。異言語であるが、漢語の視点からすればこれは「方言」。

(中華帝国では、儒教圏ならば、「方言」とは漢字を使用している言語の読み方でしかない。呉音 閩音 朝鮮音 越南音とは異国語ではなく、方言に該当する。思想的に革命肯定である以上、官音とは、当該王朝官僚層の使用音に過ぎない。・・・呉音 漢[唐]音 宋音 訓etc.の並列用法に踏み切った日本語の考え方とは違う。この方針は「古事記」で確立されたのである。
尚、付け加えておくと、日本列島の方言はもっぱら地域的分化と思われ、これに当て嵌まらないのは同根の異国語たる南島諸語だけだが、中華帝国の方言とは異国語の漢語同化の結果である。しかし、この方言の存在が、帝国の絶対的禁忌でもある国家分裂を引き起こす要因の1つと考えるべきではない。方言を許容することこそが、帝国確立と拡大の重要な手段となっている訳で。)

  

     

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