■■■ 「說文解字」「爾雅」検討[19x釋畜]■■■ 小篆の≪田≫"畜"は、いかにも手で持った糸束らしき一対が、"田"の上部に配置されている。(金文は持手部分に欠ける上に、1束。) ここでの田は「字通」によれば"鍋"の象形とされるが、染めるとすれば、濃度が異なっている漬池に順に漬けては絞って洗う繰り返しになるから、そう考えてもよいのかも。 しかし問題は、そこから飼養動物の字義になる論理が今一歩という点。情緒的には「ヒト色に染められて〜」となろうが、歌謡曲でもあるまいし。 「說文解字」の字義は苦悩した結果かも。 畜[田畜]を、{玄[幽遠 K而有赤色者為玄]+田[陳 樹穀曰田]}と直截的に見れば、なんだかよくわからない解釈になってしまう訳で。それを見越して、穀物でなく動物の田ということとし、「淮南子」引用[:𤣥田爲畜]に踏み切ったのだろう。玄については触れる訳にもいかない訳で。 要するに、accommodateということか。 日居月諸 東方自出 父兮母兮 畜我不卒 胡能有定 報我不述 [「詩經」國風 邶風 日月] それはそれで、わからないでもないものの、{馴養+擇種+繁殖}という概念との同一化は無理があるのでは。儒教道徳説話ということならそれで十分だろうが。 しかし、「說文解字」は思想書でもあることを踏まえると、雅語の字書たる「爾雅」が"畜"をもって完としていることに、納得性を覚えたに違いなく、それを踏まえての記載と思われる。・・・ 儒教国の秩序世界から眺めれば、官僚が移入した"畜"という生業は原野だらけだった古き時代の残り香的存在だからだ。 北方森林のイヌとブタ、中東乾燥域平原のウシとヒツジ、チュルク-モンゴルの灌木帯の軍用ウマ、四川林野のトリを移入することで、謳歌したものの、その時代にいち早く終止符を打ったと考える訳である。 換言すれば、中華帝国の基幹は農耕経済とはっきりさせたことになる。全土で、灌漑型(水引と水抜)田圃一色に染め上げる訳だ。当然ながら、畜餌のバックボーンたる地域は一気に縮小に転じてしまう。(フラグメントな畜-農は辺境的環境では両立するが、大陸農業では労牛を除けば地域独立的存在でしかない。)これは大成功で、桁違いの生産力を生み出し大帝国樹立が可能となった訳だ。畜はその付随業態。(お蔭で、人口の飛躍的増加を招き、超低生産性の武力統制国家の道を辿るしかなくなった訳だが。) 魚や水鳥は、六畜から漏れたと云うより、中華帝国的視点では、当初から"畜"と呼ばれる要件を満たしていなかったと言えなくもない。 ⏩続 (C) 2025 RandDManagement.com →HOME |