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2006.6.21
 
 


移民問題を考える…

 2006年6月、国連事務総長が移民報告書を提出した。(1)9月から移民と開発のテーマで各国の対話が始まることになる。

 当然ながら、このレポートは、移民受け入れ国と移民の双方にメリットがあるとの主張で貫かれている。その主張を裏付けるデータを整理したものとも言える。

 外国で仕事を見つけた人の数は1.9億人。海外送金額は2320億ドル。膨大な数字だ。

 要するに、経済グローバル化が進み、労働力も本格的に移動するようになった訳である。貧しい国の人達が、富める国の豊かな生活を求め移動するのだが、余りに過酷な生活から逃れるために国境を超える場合も少なくないようだ。

 ともあれ、Annan事務総長は移民には肯定である。

 リスクを負う移民こそが進歩の原動力だというのである。
  ・1990年代、工業諸国への25歳以上の移民の約半分が高度なスキルをもった労働者
  ・新ビジネスを切り拓く起業家や、芸術家/役者/作家を輩出

 現実に、インド系はホテル、韓国系は小売、中国系はレストランで活躍しているとの話はよく聞くから、移民が産業発展に寄与しているのは明らかだろう。米国のエレクトロニクス産業にしても、アジア系が支えているのは間違いない。
 その通りだろう。

 しかも、受け入れ国では嫌われている労働を喜んで引き受けることでも、社会を支えているという。
 現実に、受け入れ国の経済にもプラスに働いているという。
  ・移民の需要が生産力を高めた。
  ・移民が支払った税金は福祉給付分を超える。
  ・若い労働者が年金を支えている場合もある。
 子供・老人・病人のケアや、清掃・食事サービスの労働力が不足する社会は、移民を肯定的にとらえるしかない。ロボットが登場しない限り、移民無しでは成り立たないのである。

 そして、移民は故郷に、送金という形で大きく貢献している。発展途上諸国向政府援助額は1,670億ドルを大幅に上回るのだ。

 どう見ても、移民は世界経済にプラスであるということになる。
 殺し文句は、移民を歓迎する国は、世界で最も活力があるというもの。
 日本には耳が痛い話だが。

 理屈はその通りかも知れぬが、上手くいくようなルール作りは簡単ではない。だからこそ、こんなレポートが必要になった訳だが。

 まず、受け入れ国の移民の扱い方が一様ではないから、厄介である。イデオロギー重視の“合衆国”型でいくのか、現実を認める“民族毎の連合国”型でいくのかさえ、はっきりしていない。

 その状態で、移民との軋轢が表面化しているのだから、解決は難しいかもしれぬ。
 モノ、エネルギー、労働力、は豊富で安価が当然と考えてきた米国でさえ、不法移民問題が無視できなり、規制に踏み込まざるを得ないようである。移民の国だから、議論は混乱しており、五里夢中といったところ。
 規制をかけても、解決どころか逆効果の可能性もあるし、規制の影響で頭脳労働者の流入が細ったりすると、国力は維持できなくなりかねないから、意見はなかなかまとまらない。

 欧州でも移民問題は深刻である。英はインド・パキスタン、仏は北アフリカ、独はトルコといった地域から大勢の人達が流入しているが、宗教・習慣・教育水準の違いを放置してきたツケが回ってきたのである。雇用状況が悪化すると、すぐに軋轢が激化する状況にある。しかも、移民排斥を煽る民族主義勢力が台頭しており、政治的安定も脅かされかねない。
 欧州は民族問題は急所なのである。拡大欧州自体、国の数が多すぎ、いくつ国があるのかさえ定かでない。象徴的なのは、バルカン半島の民族運動への姿勢。結局なすがまま。この6月、ついに、モンテネグロが独立。分裂化が進んでいる一方で、欧州はひとまとめで動こうというのだから、理解を超える。
 要するに、欧州全体も、先進国の国内も、民族のモザイク状態なのである。

 この状態では、移民はメリットなどと言える状態ではなかろう。

 欧州での、マクロでの問題は、周辺国から先進国への人口流入だろう。周辺国は人口減少にみまわれかねない。そうなると、経済低迷の悪循環に陥る可能性が高い。一方、先進国は移民受け入れコストが急上昇するから、政治的な混乱が進むことになろう。

 こうした現実を踏まえた、全体を捉える眼力がないと、下手な施策を打てば大変なことになる。

 移民は受け入れ国にメリットが生まれると同時に、故郷にもメリットとあるという説明は心地よいが、どんな条件で成り立つのか、よく考えることから始める必要がありそうだ。
 ゼロサムゲームではないことは確かだが、単純なWin-Win関係でもないからだ。

 移民が受け入れ国の経済に大きく貢献するとしたら、それは故郷の経済を飛躍することができる人材が流出していることも意味する。故郷では、必要な人材が欠乏するのだ。
 さらに、故郷への送金が多額でも、単なる消費に回るだけで終わるかも知れない。投資したくても、そのお金を利用できる頭脳が流出しているからだ。
 還流するお金が故郷の経済を発展させることができるのは、華僑や印僑といったネットワークが機能する時だけだと思う。韓国は例外だと思う。

 それでは、何故、中国やインドでは機能するのか。
 中印は、“モザイク”欧州や“合衆国”米国とは政治構造が違う。ここがポイントだろう。
 何億人もの人口で、地方毎に風習も違う。移民が帰属しているのは、人のネットワークであって、国ではなかろう。ネットワークが栄えると、移民受け入れ国も、移民の故郷も栄えるようになったから上手くいっただけのことだと思う。

 このことは、先進国が直面している移民問題とは、「民主主義」の機能不全の結果と言えるかもしれない。
 「民主主義」とは、現実には、選挙で多数を占める勢力が方針を決める仕組みを意味する。従って、どのように多数派になれるかの競争を煽ることになる。
 “モザイク”はこの究極の姿といえる。“合衆国”は違うように見えるが、同じことである。両者ともに、帰属先を明確に1つに絞れと要求するからである。この状態での移民を続ければ、破綻がくるのは当然ではないのか。

 移民政策を成功させようと思ったら、先ずは、帰属の重複化から始めるしかないような気がする。

 --- 参照 ---
(1) http://www.un.org/esa/population/hldmigration/Text/Report%20of%20the%20SG%28June%2006%29_English.pdf
(2) Kofi Atta Annan: “In Praise of Migration”The Wall Street Journal [2006.6.8]
  http://yaleglobal.yale.edu/display.article?id=7537


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