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2008.6.12
 
 


円貨逃避の時代…

 ドル・円の為替レートを見ていると、両国間で上手く調整を図っているのではないかと勘ぐってしまう。こんな程度の数字ならよいなと雑談で出る数字が通用してきたからである。言うまでもないが、115円と105円である。

 前者は、かつて海外生産か国内生産かの分岐点といわれた数字。この辺りだと、輸出セクターは安心して動けるのである。つまり、時間がかかる利益体質への転換が図れるということ。米国政府から見れば、日本の構造改革を後押しできる為替水準ということになろう。
 後者は、間違いなく利益は出せる水準。対応策はとうの昔にできあがっており、収益は落ちるものの、屋台骨を揺るがすどころか、日本流なら、まあまあの業績が実現できるのである。ただ、海外投資家からは、もともと日本企業は資本収益率が低すぎると見られているから、収益向上圧力は高まるが。
 まあ、そんな程度である。

 ともあれ、輸出セクターの頑張りでどうやら一息ついたというのが、日本経済の実情ではないか。
 問題はこれから。
 ところが、この議論がえらく難しいようだ。議論の焦点が定まらないからである。

 例えば、この先も現行の輸出セクターが強靭な競争力を維持できるかという問題があろう。これが崩れれば、皆、路頭に迷うことになる。短・中期的にはこの担保は間違いなく最重要だ。
 このセクターのお蔭で、エネルギー・食糧の輸入大国が成り立っている訳だから、ここが崩れれば元も子もなくなるからだ。
  → 「1ドル100円でも経常収支大幅黒字 」 (2008年5月18日)

 しかし、そんな議論だけしていてよいのか。ここが肝。
 輸出セクターがいかに強いといっても、それだけで長期的に日本の経済は安泰かということ。
 この議論がさっぱりできていないのである。
 わかり易く言えば、以下のような意見が同時に出てくるから、議論がさっぱりかみ合わないのだ。
   ・輸出セクターのグローバル企業が日本経済の枠組みに合わせて動けなくなる。
    そうなると、輸出セクターが日本経済の牽引役を担えるだろうか。
   ・輸出セクターの競争力を維持できれば日本経済はなんとかなる。
    その視点で、国内の仕組みやインフラを整えて行くことが重要だ。
   ・輸出セクターがいくら頑張ったところで、その他のセクターが駄目なら、経済は低迷せざるをえまい。

 論点を整理できないのは、実は、先がわからないせいでもあろう。2000年の頃とは世界の状況が大きく変わってしまったからだ。

 端的に言えば、1ドル115円や105円といった見方は旧時代になりつつあるということ。
 「円高」と見てはいけない時代に入ったのである。
 米国輸出が重要だから、ドルを気にする体質が染み付いているが、マクロで日本経済を考えるなら、グローバルの円価で考えざるを得まい。
 そうなると、見方は相当違って来る。

 円レートは、2000年以来円安一途なのだ。しかも、インフレとは無縁状態が続いていてのこと。
 ところがである、ご存知の通り、実質GDPはこの間上り一本調子だった。貿易収支も黒字で、対外投資収益も好調。にもかかわらず、円安基調が変わる兆しはない。

 これは、輸出セクター以外の産業がどうにもならないから、円貨が海外逃避し始めたということではないのか。

 こうしたセクターは収益率が余りに低く、民間が生産性向上の投資をする対象にもならないということかも。そうなれば、さらなる生産性低下。まさに、悪循環。

 問題は、こんな状態が予想されるにもかかわらず、格差是正の主張がまかり通っていること。言葉は美しいが、できることは、非効率な産業に税金を投入して浪費させるか、規制で独占利潤を与えるしかあるまい。どうしようと、生産性はさらに低下するだけ。
 タクシー運賃を値上げして、運転手の給与低下を抑えようなどという、素人でも理解できない政策が打ち出されたが、同じような発想と言えよう。
  → 「タクシー料金値上げで考えたこと 」 (2007年12月10日)

 生産性が違えば格差が生まれて当然である。
 にもかかわらず、生産性が上がる見込みもない産業の給与を上げれば、生産性は益々下がる。ところが、それをあえて進めたい人達が多いようだ。
 格差是正の名のもとに、既存業者が確実に収益があがる枠組みにしたいようだ。(セフティネット強化は格差是正とは主旨が違う。)
 こんな方向に進めば、当然ながら、国内で生産性向上の取り組みは意味が薄くなる。まともな経営者は、海外市場に全力投球するしかなくなる。それはそれで結構な話だが、海外の頭脳の本格的活用に踏み切ることになる。
 一旦始めれば、一気に進めるしかない。このことが何を意味するかは説明不要だろう。

 日本の将来が見えてくるではないか。
 税金を浪費するだけの産業が膨大な労働者を抱えるしかなくなるのである。失業者を溢れさせないためには、これしかなかろう。
 国内で、生産性をあげる動きはご法度となろう。と言うより、労働者を多く抱えるビジネスは、利益は薄くても絶対額が大きくなるから、どんどん水ぶくれ化するということ。ただ、そんな事業に投資したい人はいないから、生産性向上投資はできなくなる。そんな企業で給与が上がったとしたら、それは経営者が、税金を浪費させる仕組みを上手く活用したに過ぎない。
 マクロでは、給与レベルは下がっていくしかない。格差を広げたくないなら、大規模な賃下げしか手はなかろう。

 そんなとんでもないことになる筈がないと考える人は、日本のIT産業を眺めるとよかろう。
 外部から見れば、この業界は、生産性が高い企業群と、低い企業群に、完全に2分されている。言うまでもなく、両者は似て非なるビジネスであり、述べてきた日本の縮図そのもの。ただ、両者を抱えている大企業も多いから、簡単に仕訳はできないが。
 この後者が問題児なのである。すでに生産性低下の泥沼の道に入りこんでいる可能性が高いからだ。なにせ、1000名以上の企業での“新卒採用に関する課題”の第1位(6割以上)は「業界の仕事のイメージが良くない」とされているのだ。(1)言うまでもないが、長時間労働の割りに給与が低いということ。これがイメージだけならよいが、実態なのではないかと思われる。
 これは、IT企業の体質と言うより、社会構造に絡むから、解決はえらく難しいのである。
 と言うのは、費用対効果を判定できない顧客がほとんどであり、末節的な仕様要求しかできず、支払う費用も、機械の価格と、労働時間の計算しかできない状況だからだ。しかも、顧客側は、おしなべて、このコスト削減に熱心なのである。この状態で、まともなシステムを作れる訳がなかろう。どんなビジネスになりそうかは、素人でも想像がつくだろう。
 もしも、業界構造をこのままにして、何の教育もせず、設備投資もゼロのままで、格差是正だけ始めたらどうなるか考えて欲しい。
 これこそが、これから日本が進もうとしている道かも知れないのだ。

 もし、皆がそう感じたら、円貨が逃げ出し始めるかも。そうなったらそれこそ悪夢である。

〜素人が見た為替理論の変遷〜
▲【金本位制度のような限定した通貨状況での理屈】
|  二国間の相互支払いでの外貨の需給状況による変動
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|   ▲「経常収支+資本収支」と政府・中央銀行の財政・金利施策と為替介入

▲【ドル通貨のもとでの国際交易が経済活動の中心だった時代の理屈】
|  各国の購買力平価(物価水準)に収斂(長期的には成立)
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|   ▲物価指数推移による時間的遅れ(本来は短期的にも成立しているとの理屈)
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|   |  ▲各国の物価の基礎となる名目貨幣供給量変動要因を組み込む
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|   ▲実質金利の差で短期的にオーバーシュート(復帰速度算出)

▲【資金が世界を回るようになって導入された理屈】
|  資産交換価値比率に均衡(金利差、金利変化率格差、インフレ率格差)
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|   ▲異なる通貨の資産交換障害発生を加味(リスク・プレミアム)
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|   ▲長期的均衡モデル+中短期乖離要因モデルによる緻密化

▲【国家の枠組みを超えた巨大投資家の動きに対応した理屈】
   政治社会的な変動(取引当事者の主観的な期待感)

素人はこんな理論を勉強する前に、とりあえずKrugmanの寓話を読んでおくことをお勧めする。
Paul Krugman: “A MONETARY FABLE” The Independent http://web.mit.edu/krugman/www/coyle.html
邦訳[山形浩生 訳] http://cruel.org/krugman/globo.html

 --- 参照 ---
(1) IT人材市場動向予備調査(前編)67頁 IPA (2008.1.29)
(データ)
  為替レート http://www.boj.or.jp/type/stat/dlong/fin_stat/rate/eer.csv
  国内総生産 http://www.esri.cao.go.jp/jp/sna/qe081/gaku-jk0811.csv

(財務省の写真) (C) 東京発フリー写真素材集 http://www.shihei.com/tokyo_001.html


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