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2008.8.25
 
 


日本の農業問題を考える[1]…

 農業を議論するのに、農林水産業として一くくりにしてしまう人がいるが、こまったものだ。抱えている問題は全く違うと思うのだが。「日本の農業を守れ」、「このままだと環境が壊れる」、「食糧自給率向上を急げ」といった主張も同じようなもの。
 この手の主張は、論点を曖昧にしたり、問題の本質から目をそらしながら、税金を回してもらう算段の一つと見ていたのだが、どうもそれだけではないらしい。本気でそう考えている人が結構多いのには驚かされる。

 考えてみれば、これは、日本の基幹産業強化の話でも、よく見かける思考パターンである。冷静に現実を見つめることはせず、ただただ大雑把な話での「正論」を述べるタイプと言えばおわかりだろう。
 小学生が、「貧困を撲滅しましょう」と語っているのと五十歩百歩に映るのだが、主張している本人はそう思わず、自己主張に高揚していたりするから不思議である。たぶん、政治・経済の話をすることが、自分の質の高さを示していると誤解しているのだろう。
 この状況を変えない限り、まともな解決策はでてこない。

 間違えて欲しくないのだが、実態を知るために調査せよとか、しっかりとしたデータ分析に基づいた発言を要求しているのではない。その逆である。当事者に都合の悪い情報が簡単に手に入る訳などないのだから、片手間にそんなことをしても質が高くなるとは限らないからだ。
 それより、我々が生きている日本社会がどんな構造かを考えながら、頭を働かせて欲しいというだけのこと。

 前書きが長くなったが、農業問題の話にもどろう。

 まず、農業の基本をおさえておくことが重要。漁業と対比するとわかり易い。
 日本の漁業とは、漁民が皆で使える「海」から、できる限り楽に魚介類を沢山獲ろうという事業である。これに対して、日本の農業は、自分が管理している農地をどのように生かして、アウトプットの価値を高めるかという事業となろう。(農地拡大はマイナーな課題)

 なにが言いたいかといえば、農業は知恵を生かす余地があるということ。農地の使い方で、生産性が大きく変わるからだ。この感覚が重要だと思う。

 小生がそれを実感したのは。1980年代初頭の頃。実は、農業用資材の卸商から教えて頂いたのである。
 そんな古いことを今でも覚えているのは、顧客は国内の一部地域に限られているのに、海外の農業事情まで知っており、知のレベルが余りに高いのに驚かされたから。それも、その程度の知識がないと、とてもお客様と話ができないというから、なおさら驚かされたのである。それこそ、目から鱗だった。
 つまり、自分の所有する土地をどう使うか、日々、一所懸命に頭を使っている農家があり、卸商は、その取り組みを全力で補佐しているということ。両者ともに、こうした取り組みに失敗すれば、自分達の将来が無いとの緊張感が張り詰めていたのである。
 当然ながら、この人達は、農協改革や脱農協運動には全く興味などなかった。必要と思えば、地元の農協と一緒に行動するだけのこと。余計なことに力を注ぐ暇などないのである。

 おわかりだと思うが、農業分野には、一部とはいえ、このような極めて優れた経営層が存在しているのである。つまり、この層の農業については、外部の心配などご無用。と言うこと自体が失礼千万。経営とは何かを教えてもらうのは、こちらの方だからである。
 おそらく、こうした層が経営する耕地面積は1割程度だろう。もちろん、水田以外が多いが、水田で取り組んでいる農家も少なくなかった。そんな農家の特徴とは、単位収量が頭抜けている点。除草剤の使い方が違うところからみて、栽培技術の考え方が違うのだ。流石。

 本来なら、漁業にもこうした層があってしかるべき。ところが、海は、耕地と違って、自由に使えない。経営手腕を発揮できる余地が余りに少なすぎるから、育ちようがないのである。

 このことがわかっていると、この良質な層を活用すれば、農業は大きく変わるのではないか、と考えるのは極く自然な流れ。
(但し、北海道型の自称「大農法」農業は除いての話。)
 そんなアイデア例をあげてみよう。

(1) 優秀な人がいるのだから、その人に地域の農業経営をまかせたらどうだろう。
   ・・・すぐ思いつく、実践性ゼロのアイデア。
   まともな経営をしていない企業を引き取ってくれないかというようなもの。
   そんな話にのる経営者がいるだろうか。

(2) 力量ある農家への土地集約を図ったらどうだろう。
   ・・・耕地面積が広い専業農家に頑張ってもらおうとの発想と同根。
   ビジネスマンは、こんな話にのるまい。
   微々たるコスト効果を狙うだけの規模拡大なら、魅力は薄いからだ。
   そもそも、海外と生産性が2桁違うのに。

(3) 法人化や委託栽培促進政策はどうだろう。
   ・・・実は、たいした意味はない。
   必要と感じている層は、同等なことをとっくに進めているから。
   集落毎にまとめようとすれば、誰が中心になりそうか考えてみたら如何。

 この手の話はいくらでも書けるかも。しかし、効果が期待できそうなものが見つかるとは思えない。経営力ある農家を核にする方策には無理があるからである。
 農業全体で見れば競争力を喪失していると見ているからこそ、自分達が生き残るために必死に知恵をふり絞ってきたのある。駄目な部分を助けて欲しいという要求にのるとは思えないのである。
 それがわかると、今度は、一般農家も、経営力をつけたらよくなるのではないかと考える人がでてくる。
 例えば、以下のような話。

(4) 農家を教育して経営技術を高めたらどうだろう。
   ・・・可能性はあるが、もともと経営のセンスを欠く層が対象である。
   常識的には、徒労に終わる可能性が高い。
   ただ、農業支援組織に、ヤル気がある人が出てくるかも。
   と言っても、かけたお金に見合った収益に繋がるとは思えないが。

(5) 専門家を雇用し、“戦略的”経営に転換させたらどうだろう。
   ・・・おそらく、これが、今の動きだ。
   コモディティ生産者から、商品販売者への転進策と言えるかも。
   まあ、宣伝に大枚のお金をかけるのだから、成功するものもでてくるだろう。
   しかし、全国津々浦々、同じようなことを進めているのである。
   失敗も多く、全体で良くなったと言えるかははなはだ疑問。

 最後の(5)の施策とは、農業支援部門にお金を注入し、マーケティング活動を活発化させるという方策にすぎない。間違ってはこまるが、農家がこういった活動をやってこなかった訳ではない。それこそ商品作物や畜産など、時代時代で、様々な取り組みを行ってきたのである。別に、政府の施策を勉強して従ったのではなく、儲かると思う方向に動いただけのこと。ただ、政府が税金で市場価格を高止まりさせている分野だから、たいていは一過性で終わったのだ。
 従って、税金を投入して、マーケティング活動を支援したところで、マクロではなにも変わっていない。マーケティングに注力すれば、自動的に収益率が上がると考えることに疑問を感じない人達を相手にしている施策なのだ。耕地面積を拡大すれば自動的に儲かるといった話と同根。
 始めに述べた、経営能力がある農家とは考え方が根本的に違うことがわかるだろうか。ここが肝心なのだ。

 経営者発想の農家は、保有資産(土地と設備)で見た収益率向上に努力しているのである。特に、土地当たりの収益性には厳しく、必要と考えたら、躊躇なく大胆なスクラップ・アンド・ビルドに踏み込むそうだ。
 ビジネスだから当たり前だが、日本の一般的農業にはそんな話は全く通用しない。

 収益率がどうあれ、“やるしかない”のだ。始めから、産業の態をなしていないのである。
 要するに、自分の水田を維持できればよいと考える、自称「農民」が大多数を占めているということ。
 それこそ、稲作所得50万円なら、それでもしかたあるまいと考える層である。それでも生活できる基盤ができているということ。

 話がえらく長くなったが、ここまでお読み頂ければ農業問題がおわかりになったろう。自給率とか競争力向上の議論など全く意味がないのである。

 ついでながら、この土地維持「農民」の実態について少し語っておこう。
 もし、平均的生活者を眺めたら、都会のサラリーマンからみれば、圧倒的に恵まれた生活を送っているように映ると思う。労働は楽とは言いがたいが、この見方はおそらく正しい。
 こうなったのは農家優遇策のお蔭ではあるが、零細な低所得農家層が我慢している結果でもある。平均で見るというのが曲者で、コネが弱い農家は農業外収入は微々たるものだが、逆に、コネさえあれば収入の道は必ず見つかる。平均として、後者を見てしまうと裕福に映る訳だ。言うまでもないが、両者の差は開く一方である。
(農業基本法とは、池田首相の所得倍増論の農業版。農家の「平均」所得をサラリーマン並みにするという目論見。生産性向上がなければ、自動的に税金バラ撒きになる。[稲作の土地当たり生産性は低下一途])

 一番の問題は、この裕福な層が農業集落を取り仕切っている点。と言うのは、農業を真面目に進めてきた人達であるのは間違いないが、経営力を発揮している層とは体質が全く違うからである。
 農業問題を色々語っても、所詮は、現在の仕組みのお蔭で上手く生活してきた人達なので、現行の枠組みで今後も生きていこうとする。名目は色々だが、税金のさらなる投入要求しかできないのである。

 さあ、そうなると、農業問題をどう捉えるべきか。・・・
続く>>>

 --- 参照 ---
(地図記号のイラスト) (C) Free-Icon http://free-icon.org/index.html
  


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