■■■ 「說文解字」「爾雅」検討[13p釋草]■■■ 釋草に項目あるいは段を設定できるものか、よくわからない。とりあえず滅茶苦茶に収録したい語彙を集め、多少関連性のあるものを小分けして、頭と尻を決めて残りを適当に詰め込んだ可能性も否定できない。 ともあれ、現代の編纂精神とは異質な思考パターンで編集してあるのは間違いない。もっとも、儒教の影響下で生きている場合は、諾々と王朝規定に従って頭に情報を溜め込むことが悦びと化すことになるから、全く違和感を覚えないのが普通だろうが。・・・ <天-地> └<丘-山>-<水> └<草-木> └{<蟲>-<魚-鳥>-<獣-畜>} 一言で言えば、現代の分類の土台である分別観はほぼ通用しないということ。見続けていると、割合、よくできているというのが小生の感想である。 そう感じると、科学的に映る現代分類も実は五十歩百歩でしかないことに気付かされることになる。それは、「說文解字」に教わったこと。・・・ 分別(部首仕訳)と系譜(部首順番)は全く異なる概念。両者を結合して"系譜分類"としてはならぬ、という単純明快な原理原則。しかし、政治的にはここを曖昧化するのは極めて有益であるから、上手く使え、という指摘。(「說文解字」の卓越している点は、540文字の系譜を作り上げたにもかかわらず、系譜図を示さなかった点。読者は自分の考えで系譜図を推定せざるを得ないが、それには部首仕訳とは全く異なる"秩序"観が必要となる。ここらが理解できない人はそもそも読む資格に欠けるということなのだろう。) そんなことを考えると、「說文解字」を踏まえて、釋草での名称をじっくり眺めるのは、色々と思い巡らすことができ、一興。 特に、雅語の意味を考えるには最適な篇と言ってよさそう。 「說文解字」からわかるのは、草の一般名称は原則1文字。しかし、草の種名とは固有名詞なので、公的使用にあたっては2文字使用にならざるを得ない。† この場合、重畳表示(1文字は省略表現)あるいは"〜草"でもよいが、類似種を分別したいなら、異なる文字を当てることになろう。 どこまで種を細分化する必要があるのかは、当該種の用途と使用部位によって決まるので、名称の固定化は難しい。・・・ 軽く、"〜菜"ということで用途的名称にする、調理人視点の種名もあれば、"葺草"の様な採取後の用途名称(種名では無い。)の場合もある。さらに、本草的な特定部位名や半加工物にも専門家用の別途名称がある。当該種の特徴は見方でいかようにも変わる訳で、種の名称の固定化を無理に行うことを避けざるを得なかったとも言える。 つまり、「爾雅」執筆者からすれば、どの視点での名称を雅語と認定するかこそが、編纂上の決め手と云えないでもない。實は、それこそが、古代の分類視点と云えないでもなかろう。 要するに、現代の様に、網羅感が得られて、覚え易く、混乱をできる限り防いで、全体を知ろうというセンスは全くなかったことになろう。 †王朝の専門官僚は当該部署内で緻密な定義での2文字名称での分類を行っていたのは間違いない。例えば、タロイモは芋艿、ヤムイモは薯蕷、ガガイモは蘿藦といった具合。これが雅語扱いされることは無いし、スンダに端を発するイモ文化からの離脱が図られて来たのであるから、本来は膨大な品種があった筈のこの分野での細分類は基本見捨てられた筈である。尚、調達現場語をどれだけ取り入れるかは、料理分野毎に違ってくる筈。 ⏩植物名称参考情報 ⏩詩経植物類[草本] ⏩続 (C) 2025 RandDManagement.com →HOME |