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2007.8.23
 
 


3Mの15%ルールの意義…

 物理学会の“20%ルール”記事に驚かされたことを書いたが、それなら代替案といっても、そんなに簡単に見つかるものではない。
 だからこそ、こんな奇妙な提言につながるのかも知れない。
 そもそもの問題は、できればビジネス界で仕事をしたくない人が多いこと。この風土を変える施策でなければ、就職率向上が期待できる訳がないのである。
  → 「物理学会の奇妙な提言について 」 (2007年8月22日)

 米国では、ノーべル賞受賞者もビジネスマンだったりする。金融オプション理論のBlack-Scholes方程式を生み出した、Fischer Black(1938〜1995)もその典型。もともとは、数学分野の博士だ。
 しかし、アカデミズムではなく、コンサルティング会社(Arthur D. Little)に就職。そこで、当時の最先端だった資本コストのCAMP理論の適用を進めていたコンサルタントと一緒に仕事をすることになり、経済方面に進んだと聞いている。

 当たり前だが、仕事で成果が出せなければ、二流、あるいは三流のコンサルタントの烙印を押される。博士号だけでは食べていけない世界だ。自分の能力を生かして顧客に価値ある仕事をしようという意欲と、なにがなんでも素晴しい成果をだそうとの緊張感なくしては働けない職場である。

 どんぐりの背比べをし続ける研究者に、好き勝手に研究させたところで、成果など期待できないというのは、こうした現実を見ているビジネスマンなら当たり前の見方である。
 自由研究とは、あくまでも戦略的な施策であり、自由に仕事をしていると何か面白いことが見つかるかもしれないといったものではないのである。

 ところが、そう考えない人も少なくないようだ。

 そういった人達の一番の特徴は、物理学会の“20%ルール”、Google の“20%ルール”、3Mの“15%ルール”の差異がわからない点。
 ともかく、3MやGoogle を賞賛し、これを見習った物理学会の“20%ルール”には結果が期待できるとなるのである。自由に研究していれば、画期的なアイデアが湧くとでも思い込んでいるのだろうか。

 1980年代初頭の頃に同じような議論によく遭遇したものだが、未だに、産業界に、こんなタイプの人が大勢いるので驚いた。
 参考になるかも知れないから、少し話しておこう。

 当時、日本企業の研究所のマネジメントで話題になったのが、3Mの“15%ルール”(1)だ。

 3Mは、精密コーティング技術(粘着技術)を基盤(テクノロジープラットフォーム)にして、様々な製品に応用を図ることで、業容拡大に成功してきた会社。新製品売上比率を管理指標にしており、その技術マネジメント力が賞賛されていた。その象徴が“15%ルール”だったのである。
 もっとも、当時の3Mは、マネジメントの質を高めるために、成熟度と競争力の事業ポートフォリオ分析手法の導入を急いでいたのだが。
 日本企業の研究部門も、こうしたポートフォリオ分析に興味を持っていたので、小生もよく呼ばれた。
 しかし、どういう訳か、本当に議論したいことは、“アンダー・ザ・テーブル”研究の是非。

 要するに、自由研究の素晴しさを、3Mの実例で説明して欲しいのである。

 どう話したかは、古い話だからよく覚えていないが、だいたいは、こんなことだったように思う。

 3Mで自由研究が奏功するのは、オリジナリティを誇る文化が根付いているから。もともと、多産多死型のテーマ運営になりがちな事業分野だから、新しいアイデアを重視する風土ができあがっているのである。事業部門も新製品比率が悪いと罰点がつくような企業だから当然である。
 そんな風土では、研究者は、自由研究で成果が出せなければ、周囲からどう見られるかは言わずもがな。成果を出せなければ三流だとの心理的なプレッシャーにさらされているということ。
 のんびりと好きな研究に耽っている訳ではない。
 こうした緊張感があるから、成果が生まれるのである。
 従って、研究者のなかには、自由研究を嫌う人もいる筈だ。何も、わざわざ、そんな研究などしなくても、いくらでもやるべきテーマはあるからだ。

 大多数の日本企業では、自由研究を始めても、こんな緊張感は生まれまい。なにも出ませんでしたで済むからだ。それでも不思議と本人のプライドは傷つかず、第一線の研究者と自負し続けることができる。
 要するに、組織に緊張感が欠落しているのである。
 このような風土の研究所からは、成果は生まれないというのが、企業内実践論である。

 企業内の自由研究は、研究者に、投資に見合った成果を要求していることを忘れるべきでない。自由研究は研究者にとっては、面白いものではあるが、極めてつらい仕事であり、嬉しいと思う人は自分の能力が飛びぬけていると信じている人だけなのである。

 だからこそ、大ヒット商品「ポストイット」(2)のように、失敗作を、なんとかしてビジネスにつなげようと頑張る力が生まれるのである。プロフェッショナルなら、折角の自信策を失敗のままにしておくことに、我慢できる筈がないのである。

 ・・・おわかりだろうか。
 はっきり言えば、物理学会の“20%ルール”と3Mの“15%ルール”には、何の関連性もないのである。

 博士を日本企業の研究所が採用したくない本当の理由は、自由研究をした経験が無いとか、他の分野の経験不足といったことではない。自分のしてきた仕事にさっぱりパトスを感じさせないからだ。ドクター論文にハッとなるアイデアが含まれてるとも思えないし、学問的に何を貢献したのかも曖昧なのだ。
 企業内研究で成果を出せるようには見えないのである。
続く>>> (2007年8月27日予定)

 --- 参照 ---
(1) [日本語解説] 「3M社研究開発体制」・・・末尾に用語説明
  http://www.mmm.co.jp/rd/reseach.html
(2) [日本語解説] http://www.mmm.co.jp/develop/story2-1.html


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